HOME シドニー暮らし オーストラリア文化 自分らしさを追求する自由:...

自分らしさを追求する自由:本当のフェミニズムから考えてみた話

以前にあげた記事、

には日本においてのフェミニズムが否定的に取られている現状を書いているので、読んでいただけると本当のフェミニズムについて理解していただけると思います。

日本以外でのフェミニズムは、『男性だから』とかとか『女性だから』という性別によって差別するような考え方ではなく、基本的にはすべてのことにおいて男女同権である、男女平等であるという基本的な考え方からきています。

当然ながら身体的な違いによる力の差はありますが、精神面での思考や能力での性別による区別や差別などは基本的人権の元に認められないということになります。

ものすごく簡単にここでは言ってしまいますが、結論的には男も女も同じように扱われるべきだということになるのですが、何故か最近はフェミニズムが非常に否定的に取られています。

これは男性からだけではなく女性からも否定的なんです。それが非常にもやもやしていたので今回は、本当のフェミニズムからから考えてみた自分らしくあるための自由というのは考えてみたいと思います。

 

日本のフェミニズム概念が自由をもっと奪う?

男女同権だ、セクハラだ!と言い出して結構な時間が立っている日本すが、いまだに『男らしさ』や『女らしさ』が強調されている社会になっているように思います。まあ、私が育った昭和の年代では、セクハラなどを当たり前にありましたし、男尊女卑的な考え方は一般的な日本人男性にはたくさんありました。反対に女性もまた男性に対して男らしさを求めて『守ってもらいたい』的な感覚も多くあったのではないかと思います。

要するに、「女であること」を武器にして「女だから」という性的な部分を押し付けているとも言えるのではないかと。女性が人権としての権利を主張しているくせに、ある場面では女性ということで「弱者」としての部分を盾にとって「男の仕事」として男性に依存する。そういう部分も一般的には多く見られる気がします。

何が言いたいかというと、女性が女性の権利を主張するくせに、女性自身が女性である事に対して特権意識を持っているという事。それもまた、ある意味では男性側にとっても非常にウザいし、

『なんだよ、偉そうなこと言っても結局は女を利用するんじゃないか』

と思われて仕方がないようなこともあるのではないだろうか、と思うのです。

そして、そういう部分での不公平さには非常に敏感な日本人ですから、実際の元祖フェミニズムの概念からは相当、遠くなって一人歩きするようになってくる・・・・

そんなふうに日本独自のフェミニズムの概念が男性からも女性からも自由を奪っているんじゃないかなぁと感じますね。

 

 

男女の性別超えて自由になるには?

じゃあ、本当に性別を超えて自由になるにはどうすればいいのか?

実は、私はこれをかなり前から考えていました。かなり前というのは、高校生ぐらいの時からですから、かれこれ30年以上前から考えていました。

それというのも、私の母親はずっと仕事で外を飛び回っているような人で、実際にも事業をやっていた人でした。で、父親は私の世話をしたりレストラン経営のシェフをやったりとどちらかと言うと父親と母親が反対な感じの家庭でした。ですから、我が家では「男だから」とか「女だから」と言うような会話は一切なかった。まあ、それはそれで子供としてはちょっと誇らしく思っていたんです。

が、両親が離婚し、速攻で母親は再婚。何を思ったか、

「私は昔から専業主婦がやりたかったのよ」

と手のひらを返す、いや、人格が変わった?いや、生まれ変わったかの如くにいきなり、「女」になった母親。こりゃ、どういうこった!?とびっくりこいたのは、15歳だった私です。

まあ、親の離婚はしょうがないなと思ったのでいいんですが、困惑したのはこの母親の早変わり。わからなくもないけど、こっちの方が私としては理解に苦しんだ部分で、いきなり「女として」とか「女らしく」を突きつけられた生活でした。

そこで、思春期だった私もこれはどういうことかと考えることが多くなりました。当然ながら、まだ恋愛経験もないし、幼い私としては不思議に思うことの方が多く、また、その頃から親からも「女の子らしくしなさい」というようなことを言われるようになった。

もともと、私はお転婆だったし、女の子と遊ぶよりも男の子と遊ぶ方が楽しかったんです。だから、髪の毛も短いことの方が多かったし、この「女の子らしく」が非常に居心地が悪かったのは覚えています。

だからこういう風に親から「女の子だから」とか「女の子らしく」という風に押し付けれることに非常に抵抗を感じていました。そして、周りの男性諸君からもそのような要望を聞くに至ると、

「じゃ、そういう女探せ、ば〜か」となるわけです。

まあ、実際に男がいてもいなくてもどうでもいい感じでしたから、押し付けがましいよりは切っちゃう方が多かったです。

しかしながら、男女の性別による特性はありますよね。

男にしかできないこと、女にしかできないこと、あるいは男の方が得意なこと、女の方が得意なことというのはあります。

究極ですが、女しか子供は産めませんし、男性の方が身体的に強靭であるということもあります。ですから、昔の狩猟民族では男性が狩りをして、女性が家の中の仕事をするというような習慣ができたのも当然と言えます。だって、体の作りが全く違うのだから、役割が出来るのも生物学的から言っても当然のことです。

ですが、どこでどう違ってきたのか。どこでどう、フェミニズム的な感覚がが起きてきたのか・・・・。

それは人権です。

男や女というものの性別よりもまず、人として生まれてきたという根本的な真実とでもいうのでしょうが、そういう部分での人としての在り方だと私は思います。

そして、この人としてのあり方や権利を追求することが性別を超えた自由を得ることになるのではないかと思います。

 

 

欧米的な『自由』が『自分らしさ』

自分らしさを追求する自由:本当のフェミニズムから考える

いつも本当に日本と欧米を比べちゃう反感を買うだろうし、実際に全く正反対な文化的な背景もあるし、教育だって全くもって正反対なので、比べるのもちょっとどうかと最近は思うようになってきました。

ですが、私がいつも思うのは、なぜ個人の意見や主張よりも社会的な部分で見た『規格』を優先するのかということ。何かと言うと、それは「私の勝手でしょ」、「自己責任だから」などと言う癖に結局は「日本だから」とか「そう言う決まりだから」と言う『社会的な規格』から逃れることのない思考なんです。

以前、書いた欧米の個人主義についてですが、自分勝手という部分での誤解を招くような解釈が多いのですが、実際にはそうではなくて、個人の自由や意思、人権などを尊重する上での個人の責任も尊重するという考え方から来ています。

ですから、ここに本当の意味での『自由』があるわけです。

 

 

これには女性だからとか、男性だからというような性別による『規格』もなければ、らしさを強要するものでもない、基本的な人権という考え方が基本にあります。

私が英国留学した時はあまりにも若くて(21歳だった)ただ単に親の必要以上の束縛から解放されて、世界からいろんな人が来てて沢山の違う国の友達ができたり、本当に楽しかった。そして、英語には女言葉や男言葉というものが基本的には存在しないので、私の言葉使いで「女のくせに」と言われることがなかったのも気分が楽だったんです。

これが、あああ、自由に発言できる、自分らしく生きていけばいいんだと思ったんですね。

そして、日本に帰ってからはそのギャップに気づき、職場いじめをはじめとする女性同士のマウントの取合いや嫉妬。それはもうひどいものでした。

そして改めて自分らしさを求めるために海外に出ようと思ったのです。

 

 

まとめ

自分らしさを追求する自由:本当のフェミニズムから考える

この記事で言いたいことは、日本風のフェミニズムというものについては、本来のフェミニズム概論からは非常に屈折した考えかと思いますが、それも男性側ではなく女性からかも偏見があると思いますね。女性もまた女性であると言う特権を利用している部分もある、特に日本女性にはそう言う人が多い。

基本的に自分らしく生きていくということは、男でも女でもなく、性差別から解放された考え方を持つことによって生まれるのではないでしょうか。

そういった意味でも私はもう日本では暮らすことができないと思います。そして今でもそうですが、自分らしく生きていくということは、どこの場所にいても簡単ではないと思います。個人主義が基本の欧米社会、海外に出たからといって自分らしく生きているかどうかはまた別問題なんですね。

自分を取り巻く環境の大切ですが、まずは自分がどうありたいかということをこの年になっても模索しているような気がします。まぁ、実際にはオーストラリアで生活しているほうが日本よりも全然楽だと思うのは事実でしょう。しかしこれも個人個人の価値観によるものですから、男らしさ女らしさに縛られている方もいらっしゃるかもしれません。

私も日本でも勝手気ままにやってきたタイプではありますが、どうしても日本的な考え方はまだ根本にある気がしています。

なので日本で生まれて、日本で育った、日本人女性にとって、自分らしく生きるという事はある意味、生涯をかけた課題なのかもしれません。

 

 

参考になったなぁ、面白かったなぁ、と思ったら『シェア』をポチッとお願いします。

  • Facebookでお友達にシェア
  • Twitterでフォロワーさんにシェア
  • Pinterestでピンしてシェア
Sakura
2000年からオーストラリア在住。シドニー某大学の修士課程卒業。『海外在住引きこもり主婦』のアーティスト兼ブロガー。専門は銅版画ですが、油絵もやります。海外生活事情や文化などを中心に書いてます。
- Advertisment -

最新記事

オーストラリアの森林火災

オーストラリアのユーカリの木が自然発火で山火事は常識という事実

オーストラリアはとっても広い国です。もう、びっくりこくくらいデカイ国で、大陸です。そして、気候も熱帯雨林から乾燥している砂漠気候まで様々。 ですが、実際には非常に乾燥している国なんです。真ん中のウル...

人気の記事

ランダム

PVアクセスランキング にほんブログ村

人気のカテゴリー