【心の断捨離】嫉妬心を捨てると幸せになれる!?自分らしく生きる方法

嫉妬心んを捨てる

『嫉妬心』コレって結構、みんなあるものだからと思って肯定的に考えていませんか?

確かに嫉妬心は誰にでもあるものだと思います。私の中にも探っていけば必ず見つかる、どす黒い感情。でも決していいものではなく、特に欧米社会においては非常に醜い感情として卑しく思われるものですし、ぶっちゃけて考えてみればこの嫉妬心というもので自分自身を縛り付けている事もあるのではないでしょうか?

男女の関係だけでなく、友達の結婚や仕事での成功、家庭環境や学歴など様々な事でふっと頭を持ち上げてくるのが嫉妬心。そこに自分がどっぷりと浸かっているところを想像してみて下さい・・・うわ〜って思いませんか?

という訳で今回はその醜い嫉妬の感情を断捨離して幸せになろうではないか!というテーマでいきたいと思います。

まずはどんな時に嫉妬心が生まれるのでしょう?

嫉妬心って、多分すぐに思い浮かぶのは男女の関係においてだと思うんですが、それだけではなくもっと身近にたくさんあると思います。大雑把に言えば、人間が関わる全てにおいてその芽はあるのではないかと思います。

嫉妬とはどう言うもの?

まず嫉妬心ってどう言うものでしょう?こんな簡単なこと書いて、アホちゃうか?と思っている人もいると思いますけど、まず、嫉妬の定義って何だと思いますか?

ウェブ辞書で見てみましょう。

嫉妬(しっと)とは、自分より他人の方が優れている、あるいは自分より他人の方に愛情が向けられている、といった認識に伴って生じるネガティブな感情のことである。一般的には、羨望と憎悪が含まれる攻撃的な感情と捉えられる。

嫉妬の「嫉」および「妬」の字は、どちらも「ねたみ」と「そねみ」という訓読みがあり、それぞれの字が単独で嫉妬の感情を指し示している。

参照:Weblio: 嫉妬

なるほど。やっぱりネガティブな感情とありますね。

そしてなんとも嫌な感じなのは、「嫉」も「妬」もどちらも同じ意味ということ。はぁ、かなり根が深い感情を表す言葉のように思えます。

 

「羨ましい」と「嫉妬」はどう違うのか?

私がいつも思うんですが、この「羨ましい」と「嫉妬」とどう違うのでしょうか。実際にはそんなに差はないですが、会話にして使っていい言葉としては「羨ましい」程度なら問題がないと私は思います。

実際に私も「あああ、羨ましい!いいですね、それ!」という会話はよくします。ですがコレは単純にその人の環境や境遇に対して「よかったね」と言う素直な気持ちで。ですが、コレは個人によっても違うので、嫉妬心を込めて「羨ましい」と言う人も多いのではないかと推測します。

「嫉妬」に似た感情を表す言葉

私がよく耳する、あまり好きではない言葉で「ずるい」と言うのがあります。コレは羨ましいと言うよりっもずっと嫉妬心に近いのではないかな?と思う表現で、

「自分にも与えられるはずなのに、あの人にだけあってずるい、不公平だ」

と言う表現に聞こえます。まあ、当然、意味を深く考えずに普通に当たり前のように使っている人が多いのでしょうが、なぜ「ずるい」のか。。。をまず考えてみた方がいいのでは?と思う時もあります。

で、辞書で調べてみると・・・

ずる・い【×狡い】

[形][文]ずる・し[ク]自分の利益を得たりするために、要領よく振る舞うさま。また、そういう性質であるさま。悪賢い。こすい。「—・いやり方」「—・く立ち回る」

[派生] ずるさ[名]

参照:Weblio 『ずるい』

ほらね、ずる賢いとか悪賢いなどというネガティブな表現です。「要領良く振る舞った」という意味合いにも納得がいく表現であると思いますが、いかがでしょう?

要領よく振る舞ったというのは誠実に頑張った結果ということではないですからね、そこにもねじれた感情が含まれた言葉であると思いますが。

そして辞書には同じような感情を表す言葉も載ってました。

嫉妬の類語

嫉妬の類語には「ねたみ」「そねみ」「ねたみそねみ」「悋気」「やきもち」「やっかみのような表現が挙げられる。動詞としては「嫉妬する」「ねたむ」「そねむ」「悋気する」「やきもちを焼く」「焼く」(妬く)といった言い方が挙げられる。「悋気」や「やきもち」は、特に男女間の色恋に関する文脈における嫉妬のニュアンスで用いられやすい表現である。

嫉妬の感情は「嫉妬心」ともいう。嫉妬心を抱きながら相手を見るという動作嫉視(しっし)という。

参照:Weblio: 嫉妬

 

どんな時に嫉妬心が生まれるのか?

では、どんな時にこの嫉妬という感情が生まれるのか・・・。そりゃもう、数え切れないほどある人とある一定の状況にならないと感じない人と色々といるのではないでしょうか。という事で一般的な通例を考えてみたいと思います。

友人や知り合いの幸運、仕事や学業の成功

当然ながら、他人は自分とは違う人生を歩んでいます。とってもシンプルな事実なんですが、それでも友達や同僚などが成功していたり、幸せだったりすると「何だよ、自分ばっかり」という感情が湧いてきたりする時があるでしょう。それ、それが嫉妬心で、妬みというもの。

自分と比べた人生、あるいは同調性を気にして、周りよりも優れた評価や幸運を手に入れる人を比べてみる事で自分が劣っていると感じる感情ではないでしょうか。

 

恋人や異性に対する感情

嫉妬心で一番先に思い抱くのがこの男女間の嫉妬ではないかと思います。恋人が自分以外の人と仲良くしたり、ちょっと話したりするだけでも嫉妬を感じるらしい。こういう感情の中身は「自分だけを見てほしい」「自分だけものでいてほしい」という気持ちであり、不安の現れだと思うのですが、なぜそんなに不安になったり、相手の気持ちを疑うのでしょうか。

 

嫉妬心を追い出して自由になろう

嫉妬心って本当にぐちゃぐちゃしてて、決していい気持ちではないと思います。出来れば嫉妬などせずに、他人の幸せや努力や幸運を素直な気持ちでよろんであげたいと思うはずです。でもどうしてもそういう気持ちにはなれないという人もいるでしょう。

その嫉妬のメカニズムをちょっと考えてみるだけでも違ってくるのではないでしょうか。

 

恋人を信じる気持ちが一番大事

恋人同士、夫婦間であっても自分のことだけを見てほしい、愛してほしいという感情は当然あります。私は国際結婚ですから、愛情表現は確かに日本人男性よりも多いと思いますし、相手もきちんと私の言葉で確認をとってくることもあります。そう、ちゃんと意思の疎通を図ること。コレが一番大事ではないかと思います。

◉ お互いの気持ちをきちんと確認し合うこと

コレは基本的に大切なこと。自分のことをどれだけ思っているのか分からなければ、自信の持ちようがありませんから、きちんと話し合って伝え合っていく事は大事なことだと思います。

面倒くさいからとか恥ずかしいからという気持ちもあるでしょうし、言わなくても伝わってるはず。は、あり得ません。エスパーじゃないんだから、言わなくても伝わるなんてことはない!

きちんと自分の気持ちを伝えないで、『不安になるな!』はあまりにもいい加減すぎやしませんか?という事。相手が心配しなくてもいいように、きちんと伝えていきましょう。

◉ 嫌なことはハッキリ伝える

コレも同じ事ですが、嫌なことはハッキリと言いましょう。

基本的に全く違った環境で育って来たのですから、価値観や感情表現だって全く違って当たり前。それでも相手を思う気持ちがあるならば、きちんと話し合うべきですし、二人の関係をより良いものに構築していくためには必要なプロセスだと言えます。

 

 

他人の幸運を喜べずに比べてしまう

こういう気持ち、ありますよね?私もアートをやってると嫌でも自分の実力やら運やらを売れる、売れないで突きつけられる時があります。それでも「自分は自分」と割り切るように考えるのも一苦労と思うこともあるんです。

それはやはり劣等感だったり、自分が認められていないことへのジレンマだったりする。

そこで他人に対して感じる嫉妬心をどう結論づけていくか・・・

◉ 嫉妬心は劣等感の現れ。もっと有効に使おう

私の親しいオーストラリアの友人に心理学者がいます。彼女とよく話すんですが、嫉妬というのは劣等感の現れや、自分に自信がないことの現れであるとよく言います。彼女の患者さんの中には嫉妬でどうにもできなくなり、普通の生活ができなくなった人がたまにやってくるそうです。

彼らの生活を紐解いていくと、子供の頃から否定されたり、虐待されたり、貧困生活から来る劣等感だったりと精神的な抑制が強く働いて来た原因が多々あるそうです。そしてそういう人は自分と比べてしまう。

コレ、日本社会にも多いですよね?

同調圧力が高い日本社会ではどうしても他人と自分を比べてしまう癖がついている。日本での教育も然り、誰かと比べてみる、成績で優劣をつける、個人の自由よりも社会性で判断してしまう。などといった文化圏に生きているとどうしても周りに流されて、周りに同調することが多い。

それはそれで仕方がないことでしょうけど、「他人は他人」と割り切ることは大切な事ではないかと思います。確かに他人に負けたくないという感情もあるし、それはまた向上心にもつながる。ですが、相手と比べて自分は劣っていないと判断するのは実は自分ではなく、結果であったり、第三者であったりするんです。そしてそれはまたその第三者の価値観だったりする。

ですが、それは置いておいてもその嫉妬心や負けたくない気持ちをもっと有効に使う方法だってあるはずです。その有効利用とは、その嫉妬心を「あの人にできるなら私にも出来るはず!私のやり方で勝負してみよう」と方向転換する方がずっと前向きではないかと思います。

自分のやり方、もっと自分を好きになってあげる事。頑張ればいずれは何かの形になるはずですし、たとえならなくても頑張った自分を褒めてあげることは大切な事です。

何もせずにじっと幸運を待っていても絶対にやって来ませんから。。。

 

嫉妬心を克服するために

私は以前、国際結婚や恋愛でこの嫉妬に関する価値観と認識の違いについて書いたことがあるんですが、日本人ほどこの男女間の嫉妬を尊いとして感じる文化も珍しいと思うんです。

一般的にではありますが、欧米諸国では嫉妬は醜いと思われていて、それは男女の関係でも同じ事。

嫉妬された方は「僕のこの君に対する気持ちを信じてくれてないのか?僕は信頼されていないのか」という風に解釈する人が多いです。なので「嫉妬してもらって嬉しい」とは間違っても思いません。

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いや、本当にコレは珍しいんですけど、なぜか嫉妬が肯定的に思われる。

嫉妬されて、こんなに僕のことを好きなんだとか嬉しいとか・・・あり得ない。昔から私はそんな感じで、嫉妬されることがうざくてしょうがなかったんですねぇ。だから、今でも男友達と食事に行ってもオーストラリア人夫は何も言わない。それは私を信頼してくれているからですし、私もやましい気持ちがこれっぽっちもない、普通の友達。反対にそれで色々と言われた日には多分、ぶち切れると思います。

そういう意味では日本人の恋愛関係、夫婦関係って非常に危うい土壌なのかな?と思ったりもしますが、コレもまた一般論であり、そうではないカップルも当然多いことでしょうが。

私が住んでいるオーストラリアでも日本人のようにあからさまに嫉妬をむき出してくる人は滅多にいません。多分、そういう人はちょっと精神的なバランスが悪いかな?と思うくらいに少ない。

まあ、教育からして小さい頃から自分と他人を比べるな!自分は自分。違って当たり前!相手を尊重しようと教育されていますから、自然と「嫉妬は醜い感情」という風に思って育ちます。我が家も二人息子がいますが、二人とも小さい頃から嫉妬の元になるような他人と自分を比べることについては厳しく教えて来ました。

嫉妬という感情は人間誰でもある感情だとは言え、決して肯定するべき感情ではないと思っていますし、「どうせ嫉妬でしょ?」という肯定的な受け取り方もしてはいけないと私は思っています。

極端な話ですが、いじめと一緒で「ちょっとしたいじめだから」と放っておけば、どんどんエスカレートしていきます。いじめもまた劣等感や猜疑心、差別や嫉妬という気持ちから来る行動ですから、同じマイナスな気持ちは「当たり前」として認めてはいけないのです。

日本は特に同調圧力が強い国でみんな一緒でないと不安になる国民性があります。ですが、もうそろそろ自分も含めて個人というものを認めてあげてもいい時代ではないかと思います。

他人を認めてあげること=自分も認めてもらうこと

に他ならないと私は思っています。嫉妬心を心から取り去るといろんなものが見えてくるし、自分もまた一歩先に進むことになるのではないでしょうか。

それもまた心の断捨離。楽になって自分らしく生きていきましょう。