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ABOUT ME

SAKURA

2000年から国際結婚オーストラリア在住。シドニー某大学の修士課程卒業。『海外在住引きこもり主婦』のアーティスト兼ブロガー。専門は銅版画ですが油絵もやります。オーストラリアの生活事情や文化などを中心に書いてます。 詳しいプロフィールはこちらから↓



欧米の『処女信仰』と『貞操観念』日本と比較してみた話

日本と欧米の処女信仰と貞操観念の比較

さて、日曜日に友人の53歳の誕生日会に呼ばれてしこたま飲んできました。私はあまりお酒が強い方ではなく、加えてなぜかワインや日本酒には喘息や湿疹などのアレルギー反応が強く出てしまい、みんながうまそうに飲んでいるのを横目で見なければならない、または万年ドライバーという憂き目になってきました。

ところが、最近になって、そのワインがアレルギーの薬無しでも飲めるようになったのです。いや〜、ワイン解禁!ということで、今回、初めてワインの二日酔いという初めての体験もしたのですが・・・。

同じような50代のAU友人達に囲まれて飲んでいる時、バージニティー(処女性)についての話が出たのです。

たまに日本に興味のあるオーストラリアの友人に日本の文化的な背景などを質問される事とがあるんですが、今回は何故か『日本の処女性と貞操観念』について話題を振られました。

なので、今回は欧米の『処女信仰』と『貞操観念』について書いて見たいと思います。

確か、数日前にも欧米の浮気についての一般的な感覚を書いていますが、それとちょっとカブるかもしれませんけど。

現代日本の『処女信仰』は?

まず日本の処女性について考えてみたいと思いますが、つい何十年か前までは日本でも保守的な考え方が主流でした。特に戦前と戦後間もなく、あるいは昭和の時代までは以下のような表現で女性を表していた時期があります。

  • 「深窓の令嬢」:良家で大切に育てられた娘の事。世俗の穢れを知らない令嬢・お嬢様のこと
  • 「箱入り娘」:嬢様の一類型で、極力他人に接触させずに(家の中などで)育てられた娘のこと
  • 「男女七歳にして席を同じゅうせず」:7歳にもなれば、男女の別を明らかにし、みだりに交際してはならないということ

そして、当然ながら「結婚するまでは性交渉はなし」と言うような風潮もありますした。

しかしながら、私が大昔、処女だった頃の話(昭和60年前後)ですが、この頃でも処女かそうじゃないかというのは、人によって当然ながら違いがありました。

よく当時の友人達との会話の中でも「初めては本当に好きな男とやりたい」とか、「ホテルはどこどこがいい」とか、そう言ういわゆるガールズトークを交わしていたのを覚えています。しかし、その中で、高校三年になってもまだ、彼氏ができなかった友達は、「今日、処女を捨ててくるよ!」と言っていた子もいて、「おお、頑張れ!!」なんて茶化して楽しんでいたこともありました。

まあ、女子の側はこんな感じだったんですが、多分、現代でもそんなに変わりはないと思うんですが、男子の側はどうかと調べてみると、結構、ネットでも出てくるんですね。

あるサイトでは、

「声優は処女じゃないと声質が悪い」とか、「結婚相手は処女じゃなきゃ嫌」とか、「アイドルの〇〇は、処女だ」とか。オイオイ、勝手に決めるなよ!と、こういうことが結構ヒットしてしまいました。

そして、こんなことを言っているのは、アニメやアイドルが日本の文化として認められるようになってきた現代社会で、ここ数年のうちに大きな市民権を取ってきたオタクと言われる男子のようです。

一般的に見て、様々な情報から推し量るに、オタクは非常に独占欲とコンプレックスが強いように思えます。ですから、コンプレックスが強いために、他人と比べられない、自分だけのもの、「汚れていない、清い体」、自分以外の男性を知らないと言う処女性においても必要以上に固執する傾向にあるといいます。

しかし、実はオタクじゃなくてもそういう度量の小さい男はいるもので、知り合いだった日本人男性は、彼女と結婚を決めたのは「彼女が処女だったから」と言われましたし。彼もまた、ある意味で何処かにコンプレックスを抱えており、処女信仰してたのでしょう。

事実、私が十代だった昭和60年代ではまだまだ「処女」がもてはやされていた時代でもあり、保守的であったのかもしれませんね。

欧米の『処女信仰』はあるのか?

海外でも、国によってかなり違いがあります。

例えば、インドやパキスタン、イスラム教関係の国はものすごく女性の貞操観念においては厳しくて、婚前交渉は死に値するものとして、投石の刑だとか、もうものすごいことになる(死刑になる)場合もあります。

それに、キリスト教でもカトリックやモルモン教などは婚前交渉は禁止ですし、離婚もダメ、中絶もダメということもある。ですから、国や宗教によってもかなりの違いがあることは確かです。

そして中世でも、近世でも男女平等やフェミニズムが出てくるまではやはり、処女は尊ばれ、日本と同じように扱われていた現実があります。結婚するまで処女であることが階級や家柄の保証、またはステータスであったことも確かなのです。

その後、男女平等やフェミニズムの浸透と共に女性もまた性に対して奔放であり、男性と同じように扱われるべきだと言う動きがありました。それによって、女性の性への開放も進んで、欧米でのセックスに対しての感覚もまた開かれたものになっていきました。

一般的な欧米の処女性についての男性の反応

では、一般の欧米(英語圏の)男たちはどうなんでしょうか?

実は、処女性についての会話って結構したことがあるんです。日本人男性の処女信仰について色々と談義したこともあるし、実は誰一人として「処女がいい」と答えた外国人男性はいませんでした。

私の知る限りでは欧米の男性たちにとって処女は:

「めんどくさい」

「後腐れがありそう」

「経験がないから、ベッドインしても楽しくない」

と言う感じが多いんじゃないかと思います。

個人主義に徹している欧米社会の文化では、日本の男性のように、他の男と比べられることを特に気にすることはありません。他人は他人であり、自分は自分という考え方ですから、過去の交友関係と性交渉について嫉妬するということは非常に少ないです。

しかし、性については奔放であり、恋愛関係がなくてもSEXだけの付き合いもオッケーという人も多いです。要するに、「SEXは楽しくないと面白くない」と言う意見が多かったのです。そして、女性もまた同じように男性に対して性的な部分では奔放性を求めているようですし、ある意味ではゲームではないですが、駆け引きをして楽しむ中にSEXを位置付けているようでもあります。

まあ、何十人ってインタビューしたわけではないので、反論もある方もいらっしゃると思いますけど、上記に書いたように宗教的な戒律の中に性交渉においての理が多々あるので、カソリック的な思想が強い家庭では性的な交渉、あるいはそれに関する内容を話すことさえも良くないこと、としている家庭もあるでしょう。

まとめ

ウチのAU旦那も日本人男性の『処女信仰』については「気持ちが悪い」と言ってました。

彼は日本の処女信仰に「幼児愛好者的な発想」からくる、漫画とか写真とかでも制服でのセックス描写を公然とするような社会に対して異常だと思っているようです。そして、実際にもしも日本のそれらがオーストラリアで公共に表現されるようであれば処罰対象となることは間違いないと言えるでしょう。

私自身も、「無垢な心」だとか、「純潔」だとかは古風な、あるいは昭和の日本人男性のロマンなんだろうと思いますし、気持ち悪いです。女性の処女性を神秘化し、男性の幻想に自分勝手に当てはめるというのはアンフェアであるし、時代錯誤もいいところだと思います。

欧米では女だって性欲があるのが当たり前の常識で、あまり隠したりしないんです。そして欧米では普通にこう言ったことを話してるカップルも多いです。大人のおもちゃとかも普通にカップルで買いに行ったりします(最近の日本の若者カップルもまた、一緒に買いに行ったりしてるらしいですが)。ウチの旦那にも以前、「一緒に行くか?」って言われたましたが、子供が生まれてそんな暇もなくなり、お流れになりました(笑)。

まあ、結局の所、個人的なレベルでは、どうでもいいことではあります。処女性にこだわる人はそれまでであり、適当にそういう女性を娶って頂いて、その世界で過ごして頂けば良いことなのですが。

それよりも、欧米であろうが日本であろうが、どこの文化であろが酸いも甘いも嚙み分けたも女性の方がいろんな面でパートナーとしてはいいんじゃないかと思います。過去も含めてその人自身であるのですから。