バリ島=『神々の棲む島』ー The Island of Gods。このフレーズをGoogleに入れるだけでBaliと出てきます。それだけこの島が宗教的にも独特で特別であると言う証拠なんですが、バリ島のヒンドゥー教なしにはバリ島、バリ人の生活自体が機能しない、いやこのバリヒンドゥー教が軸になってバリ島の人々の生活があると言ってもいいくらいでしょう。
バリ島に来るとわかるんですけど、ホテルでもVillaでも毎朝、バリ人がお祈りと共にお供物をする習慣を見ます。まあ、本当に毎日なんですよ。どこの家も、店も全部です。それもちゃんと着替えて。あまりにもご都合主義の宗教心しか持ち合わせていない私は、本当に尊敬に値する眼差しで毎朝、Salamat Pagi (おはようございます)と挨拶。
とういわけで、私が調べて、理解したことを出来るだけ詳しく、簡単に説明したいと思うのでお付き合いくださいませ。
バリ島のヒンドゥー教は特別で独特
まず、ご存知のようにバリ島はインドネシア共和国に属していて、インドネシアはイスラム教徒が大半を占めていて、バリ島だけがヒンドゥー教になります。
日本もそうですが、バリ島では土着の宗教(日本の自然霊崇拝の神道に近い)があり、これに4~5世紀頃に以前から交流のあったインドのヒンドゥー教や仏教がジャワ島を経由してバリ島へと伝道しました。この土着の宗教にヒンドゥー教や仏教が融合してバリ島独特のヒンドゥー教が発達したのです。
その後のバリヒンドゥー教が強く発展していくようになったのは、16世紀にインドネシアを支配していたマジャパイト王国のイスラム勢力の衰退が大きな要因になり、マジャパイト王国のヒンドゥー教徒たちはイスラム勢力から逃れる形でバリ島に移住、結果的にバリ島でより一層ヒンドゥー教が広がることになったのです。
第二次世界大戦後、インドネシア共和国は独立しましたが、イスラム教を国教に定めず、ヒンドゥー教やカトリック、プロテスタント、仏教、儒教も公認しています。バリ島にはヒンドゥー教のほかに、イスラム教やキリスト教(カトリックとプロテスタント)、仏教、儒教を信仰する人々もいますが、これらの宗教を持つ人々は、他の地域から移住してきたと言えるでしょう。
そしてもう一つ理由が、インドネシア政府の保護。バリ島の観光が発展するにつれて、バリ島はインドネシアのドル箱になりました。それにより、
この島の観光の発展=インドネシア経済の発展=バリ島の文化的保護
と言うことで、インドネシア政府もまたこの島の文化伝統を保護する方向になったわけです。それにより普通の国では観光化によって敗退してまうであろう独自の文化や宗教観が政府のバックアップで教育も含めて保護される形になったわけです。
バリヒンドゥー教とは?

簡単に説明しちゃったわけですが、ではこうやって古代の土着宗教(アニミズム信仰)にインドのヒンドゥー教が融合して出来たこのバリヒンドゥー教ですが、一体どこがどうなっているのかと言うのをものすごく簡単に説明してみます。
まず、インドのヒンドゥー教とは違い、バリヒンドゥー教の最大の特徴は、一神教であること。これはインドネシア共和国の建国五原則にある唯一神宗教の信仰に応じて考え出されたもので、『サン・ヒャン・ウィディ』を唯一神として信仰し、ヒンドゥー教の神々であるシバ、ヴィシュヌ、ブラフマーはこのサン・ヒャン・ウィディの化身とされています。
またバリヒンドゥー教では、教義よりも慣習を重視し、参拝の際は沐浴、正装。そして神に祈る際には必ずお供え物を用意します。なので、バリ島に行くと毎朝、きちんと正装したバリ人らがお供物を家の前や店の前に置いて、神様にお祈りしている姿を見かけることになるのです。特に毎月の満月と新月は自分の家が属する地域のお寺に行ってセレモニーが行われるので、この日にはお寺からガムランが聞こえてきます。
そしてもう一つの特徴として、バリヒンドゥー教では祖先霊信仰がかなり強い、というものです。家族愛や家族の繋がりをものすごく大事にするのもここから来るんだと思います。また、バリには13世紀ごろに中国からの移民が入り、多くの富をもたらしてくれたとバリのガイドが教えてくれました。その時に持ち込んだ中国のお金は富へのお供えとしてお寺に奉納されると言います。その時に儒教や道教の教えもまた伝わり、日本や他のアジア諸国同様に、バリの現在の家長制度や家族の規律のようなものも伝わったのではないかと思われます。
バリの各家々には祖先霊を祭るサンガ(ムラジャン)があって、バリヒンドゥー教最大の儀礼ガルンガンと言うセレモニーは祖先霊を迎える儀式で、日本でいうお盆のようなものですが、町中に飾りがかけられて、日本の夏お祭りを思い出します。

このガルンガンとクニンガンはバリ島の最大のセレモニーで、先祖霊と神様が各自の自宅のお寺や村の寺院に帰って来る日とされ、いわゆる日本のお盆にあたります。この日は自分が生まれた家に帰る人がほとんどで、結婚で夫の家に入った女性は実家に帰ってこのセレモニーを祝います。
この期間中、ペンジョールというココナッツの葉で作られた長い竹の飾りを先祖の霊が帰って来る目印として各家庭の門に作ります。なので、人の住んでいないウブドのメインストリートよりは普通の道のほうが豪華になりますね。そしてこのガルンガンから10日後にはクニンガンと言うセレモニーがあって、この日は先祖の霊や神々が天界に帰る日で日本の送り盆になります。
バリ暦:バリカレンダー
バリヒンドゥー教ではワク暦と言って、1年を210日するバリだけのカレンダーがあります。このワク暦によってバリの祭礼の日程が決まります。バリ人の家庭には必ずこのカレンダーがあって、神事(ウパチャラ)の日取りがわかるようになっています。
スンバヤン:お供物と祈り

まず、バリ島に来ると毎朝バリ人が正装でお供物(offering)を乗せたトレイを持って歩いている姿をあちこちで見かけます。早朝だったり、店が開く時間だったりと様々ですが、このお祈りの習慣をスンバヤンと言い、必ず毎朝行うのです。
このスンバヤンの前には必ず沐浴をし、体を清めます。私の住んでいるヴィラのオーナーさん家族はお母さんのケデック、ピカ、プトゥ姉妹の誰かが必ず行っています。話を聞いてみると、生理の時はお祈りも行ってはいけないそうなので、この3人が掛け持ちでスンバヤンをするのだそうです。本来朝昼晩の1日3回だそうですけど、うちのオーナー家では午前中の1回です。
その日のお祈りの気分や神事の時期などで変わりますが、神様が宿るとされているお米を聖水(多分普通の水)に浸したものを額や脳天に貼ったりする場合もあります。ガルンガンとクニンガンの時期は特に特別なのでウチのオーナー家族の女性らは米粒を額に貼り付けてスンバヤンしております。
チャナン:お供物(Offering)

バリではどこでも見かけるこのお供物(チャナン)。バナナやココナッツの葉で作った入れ物で早朝マーケットでも売ってますが、ほとんど家庭で作ります。この入れ物に心の美しさを表すと言われる花々、パンダンの葉を刻んだもの、お菓子、お米、聖水(うちのオーナー家は普通の水道水w)などを乗せ、最後に線香を焚きます。
このチャナンにはちゃんとした方向性があって、以前、私たち家族がPura Mengeningに参拝すると言った時にヴィラのオーナーのケデックが前日に作ってくれて、このチェナンを渡してくれる時に「こっちが前になるからね(フランジェペニーの花)。冷蔵庫に入れておいてね」とビニール袋に入った、大きめのチャンナンをくれたんです。わ〜、特別感が半端ない!と感謝感激しました。こう言う所、本当にバリ人って好き。
そして、このチャナンはありとあらゆる所にお供えします。アニミズム信仰もあるバリヒンドゥー教は、色々な物に神が宿ると考えられているので、家の前や敷地内の祠はもちろん、各部屋、バイク、車、台所のガスコンロなど様々な場所にお供えするので、バリ人が正装してこのチャナンを沢山乗せたお盆を持っている姿もよく見かけます。また、神事の種類によってお供え物も変わります。
バンジャール:自治会?
神事が行われれる時に必ず地域の寺院で交通整理をしている人とか、準備をしている人らがいます。この人達は組合?自治会のようなもの?かな、基本的にこのバリヒンドゥー教の儀式を行うため、居住場所ごとに構成された日本でいう所の隣組?で、この組合をバンジャールと呼びます。このバンジャールのメンバーはお寺の管理、神事の準備、結婚式、お葬式など大きな儀式がある時には、お供え物や食事を作ったりして手伝います。私のマッサージ担当のヨーマンもこの組合のメンバーで、神事の前にはその手伝いのために「今日は忙しいからダメ」と断られることもしばしばあるんですわw。
このバンジャールの結束は非常に強く、失態を犯して追放されたりするとそのコミュニティでは生きていけない・・・とかなんとか言われているほど(なんか、どっかの国の田舎と似てないか?)。うわ〜・・・。
バリ島最大の祭事:ニュピとは?
ニュピ(Nyepi)は、インドネシアでも公休日になり、毎年バリ島のサカ暦の元旦新年に行われます。ここバリ島では「静寂の日」とされ、この日は午前6時から翌朝6時まで自己反省、静寂と瞑想する事とされていて、いろいろな行動が規制されます。主な制限として、火をつけない(灯りも控えめに)、仕事をしない、娯楽や楽しみを禁止する、旅行しない、そして一部の人々にとっては、話すことや食事も一切禁止されます。当然、外出も制限されるので通常は賑やかなバリ島の通りや道路は閑散とし、音もほとんどなく、インターネットのアクセスも制限、家の中でも静かに過ごすことが基本になります。そして、外で見かける唯一の人達は、伝統的な警備員である「ペカラン(pecalang)」という方達だけで、規則が守られているか見回りをします。このニュピの起源は西暦78年頃まで遡ることができるそうです。
またこのニュピの日の制限は、バリ島にいる非ヒンドゥー教徒の住民や観光客もすべての人に当てはまるので、ホテル内では自由に過ごすことができますが、ビーチや通りに出ることは許されておらず、バリの空港もこの日は一日中閉鎖されます。そして最悪の場合、ルールを破った観光客は逮捕されて国外追放される可能性もあります。逮捕だってよ!
ニュピの儀式の準備
ニュピの準備として、ほとんどのバリ・ヒンドゥー教徒の村では「オゴオゴ」という悪霊や邪悪な霊、あるいはヒンドゥー教の神話の登場人物を象徴する悪魔の像を作ります。このニュピの日には、地獄の主神ヤマが大掃除をするため、地下界の悪霊が逃げて地上界にやって来ると考えられているので、その悪霊や悪魔を模造するわけです。この像は、豪華に彩られた竹、張り子、布、そしてキラキラした装飾品で作られます。このニュピの前日に夕方から街を練り歩き、その後墓地で焼かれますが、多くの場合、地域の集会場の前に1か月以上展示されることもあり、時には博物館やコレクターに購入されることもあります。

このパレードのため、道路のアクセスが制限されますので、車やスクーターでの移動は控えた方がいいでしょう。ほとんどの地元のレストランも早めに閉店し、多くのATMは現金が取り出され、ニュピの翌日まで使えなくなります。
まず、メラスティの儀式というのがあって、ニュピの日の3~4日前に行われます。この儀式はサンヒャン・ウィディ・ワサに捧げられ、儀式は海やビーチに近い複数のプラ(バリ寺院)で行われます。複数の寺院に属するアルチャ、プラティマ、プラリンガ(神聖な物品)を浄化し、海から聖なる水を得ることを目的としています。
次にブタ・ヤジャの儀式があります。この儀式は負の要素を打ち払い、神と人間、そして自然とのバランスを保つためのものとされています。この儀式では、バタラ・カラを鎮めるために、生きた動物を生贄とするペチャルアンの供物が捧げられます。日没頃、ペングルプカンまたはングルプクの儀式が家の敷地内で始まり、鍋や竹筒を叩く大きな音や、乾燥したヤシの葉の松明を燃やすことで悪霊を追い払います。
ニュピの翌日は?
ニュピの翌日は「ンゲンバッ・ゲニ(Ngembak Geni、火を再点火する日)」と呼ばれ、火や電力の使用も再開され、普通にバリ島社会活動が再開します。そして家族や友人が集まり、お互いに許しを請い、特定の宗教的儀式を共に行います。
バリのカースト制度(身分制度)とは?
インドから伝わったヒンドゥー教ですが、バリ島のバリヒンドゥーにもカースト制度(Wangsa:ワンサ)があります。このバリのカースト制度は14世紀ごろに渡って来た、マジャパヒト王国から持ち込まれた制度で、バリ島の人々を支配するのにこの制度を使ったと言われています。現在ではほとんど重要視されなくなって来ているとバリニーズの友人は言いますが、苗字名前にそのカーストが現れているので、名前を聞けばどのカースとかすぐにわかるそうですし、バリ語で会話する時にはカーストの上の人に対する話し方も変わるそうです。
アナ・アグン、デワ・アグン、チョコルダなど
デワ、グスティ、グスティ・アグン、グスティ・ングラー、シィ、ガカンデワなど
ワヤン、マデ、ケデック、ケトゥックなど
まずバリ人の8割から9割がスードラ(平民:農民階層)と呼ばれる階級で、私のヴィラのオーナー家も、その他のバリニーズ友人もこのスードラ。そして名前もまた同じ名前が多いんです。そして名前だけで長男だとか長女だとかすぐにわかるww。でも同じ名前が多くて混同してしまうので、ケデックの甥っ子のPutuとか言わないとどのPutuだかわからんw。
一度だけ、バリ友人のヒーラーの所に連れてってもらった時に、そのヒーラーのWhatsAppの連絡先をもらった時に、彼の名前を見てアグン・・・・アグンってね、ある意味、聖なる名前なんですよ。バリの活火山で聖なる山と言われているのが、マウント・アグン。だから、「あ、アグン」って言ったらバリ友人が「そう、彼は上から2番目のカーストの出身だよ。だから僕は彼と話す時には言葉使いもちょっと違うんだ」と説明してくれました。初めて会ったわ〜〜〜・・・となんか感動したんだけど、残念なことに彼のヒーラーパワーとは合わなくて、こっちが受け入れを意識的に大きくしないといけないし、非常に疲れるので2度と行かなくなりましたけど。
さて、話を戻しまして、面白いこのバリ人の名前・・・・生まれた順番につけるんですよ。だから、自然と第一子、第二子の名前が多いww。そしてこれは男女共に使う。ちょっと紹介すると・・・・・
- 第1子:ワヤン(Wayan)、 グデ(Gede)、プトゥ(Putu)、 イロ(Iluh)
- 第2子:ケデック(Kadek)、 マデ(Made)、ヌンガァ( Nengah)
- 第3子:ニョマン(Nyoman)、コマン(Komang)、コミン(Koming)
- 第4子:クトゥック(Ketut)
- 第5子:また第1に戻る。。。。
と言う感じで、だいたい決まっているのです。ここにあるほとんどの名前の人、知ってますww。息子の学校までのドライバーもケトゥックと言いますし、ニョマンは我が家のシェフw。近所のおっちゃんがグデ。ドライバーは第4子だったんだなぁ。
バリ島の魅力はその濃い宗教観と文化
やっぱりね、2度目に来たとに感じたバリ島の魅力ってのはバリ人のおおらかさもあるんだけど、そのバリ人達の生活そのものである濃〜い宗教観だと思うんですよ。道端やバイクやらにあるチャナン(お供え物)とかも可愛いし、我が家であるヴィラの前にも必ず朝になるとお線香とチャナンが置いてあるし。
我が家はウブドに住んでいるんだけど、このウブドは特にバリの地元民が多いんですね。クタやらチャングーやら海辺の方の観光地はやはりインドネシアの他の島やらJavaから来た人たちが多いので、ちょっと違う雰囲気がある。それに山に近いので気温が低いと言うものあるので、過ごしやすいんです。
まだまだ調べてみたいことがある、バリ島の文化だけど、とにかく、リッチよ・・・ホント。
