今朝のTwitterで、日本の学校の清掃事情が流れて来ました。実は、オーストラリアの学校ではプロの清掃会社がきちんと掃除していて、生徒が日本のように床に這いつくばって雑巾掛けをすることはないです。
で、他の国はどうなのかと言う話になるんだけども、次のツイを見ると
イギリスもスペインも清掃会社でやっていると言う。
アメリカのもそうなのかなぁ・・・と調べてみたら、当然そうのようですな。
ですが、台湾とシンガポールは日本に習って学校掃除を導入したとある。はい??まあ、理由は「生徒のしつけ」、「経費削減」などがあるようですが、「雇用の減少」とか「学業に支障が出る」と言う反対意見もあるとか。
参考サイト:世界の学校清掃事情
日本の学校で掃除する文化はどこから来た?
また、実際にこの清掃に関する具体的な話を書いてるサイトを発見して、ここからちょっと参考にさせていただ来ますが、
日本には伝統的な『道』と言う考え方があります。私もこの『道』と言う独特な考え方について大学で英論文を書いたことがあるんですが、英語でWayと言います。
この日本の『道』と言うのは、柔道、剣道、茶道や華道と言う精神的な修業も兼ねるプラクティスがあります。そして、特にこの武道においては使用する場所、道場などを自分たちで清掃する、きれいに保つという事を教えます。
また、仏教においても毎朝の清掃から始まり、清掃する事で自らの心を磨くとされています。
日課に未明からの稽古や道場の掃除をするも修行の一環である。面倒だと思うことをあえて行うのは、懈怠の心に打ち勝ち自己を律する心を養うのが目的である。道場にいる時のみが修行ではなくあらゆる局面に対処できる心がけを身につけさせた。
日本の学校生徒掃除文化に賛同する国
ここまで読んで、なるほど〜。。。と思う方もいらっしゃるでしょうね。
私もなるほど〜〜と思います。
そして、オーストラリアでは学校では生徒が教室を掃除するということはありません。これは専門の清掃会社を雇っており、生徒が勉強に集中できるようにするためという理由と、清掃会社の雇用確保ということがあります。
このサイトでも言っているように、各国ではこの「日本の学校の生徒自ら掃除文化」について賛同している国もあるようです。
そもそも汚すこと自体が無くなるのではないかとの声が上がり始めています。そこからモラル教育にも繋がるとの意見も多くなっていま す
理由は、掃除をさせることで汚さなくなり、モラル教育にも繋がるというもの。
まあ、うん・・・これはいいのではないかと思いますね。
ですが、私はこれについて日本の場合にはちっと違う傾向を感じています。そして、その私のモヤモヤとズバッとツイートしてくれたのがこちらの元ツイです。
日本と諸外国の教育観念の違いから来る児童の教室掃除の違和感
しかしながら、掃除するのはいいと思うんですよ。
ですが、どうも日本の児童が教室掃除をすると言う事についてモヤモヤ感があるんです。
そして、このモヤモヤ感をズバット簡単に表現してくださった方がこちら。
私もこの方の考え方に賛同します。
というのは、日本の教育状況というか教育方針は欧米のそれと比べて事情も文化的な背景も全く違うものです。ある意味では、正反対と言っていいと思います。
基本的に日本の教育では、同調圧力による全体主義を教えること、反対に欧米では 個人主義なので、個人のそれぞれの個性を生かした教育が行われています。
ですから、欧米でこれらの掃除にまつわるメリットを学校では発揮することができるでしょうが、日本では反対にに『強制的な奉仕』と言うような意味合いになってくるのだと思います。
したがって、基本的にこの全体主義である日本の教育と欧米諸国の個人主義による個性の尊重と言う教育とでは、基礎的な考え方の違いによって議論にならない、と言うことになると思います。
つまり、ぶっちゃけて言えば、比べちゃいけないと言うわけです。
自分の使った教室やものをきれいにする、と言うことよりも強制的に子供らを動かす、あるいはその意味を説明すらせずに奉仕と言う形で教える事の弊害があるのではないかと私も思いますね。
これもまた、日本の全体主義に関わる同調圧力にもつながると思っています。
教室掃除は諸外国の認識の差でしかないと言うまとめ
しかしながら、日本の文化的な背景だってあるし、それぞれの特徴やその国の考え方まで否定するつもりはないですけど、実際にそれが子供らしさや自由な表現だったり、個人の主張を妨げるようなもの繋がるのならば少し考える必要があるのではないかと思います。
極端な話になって来てしまうかもしれませんが、うちの息子は高校を卒業、次男は小学校4年生です。
日本の教育方針とは全く違う、ある意味では正反対の教育をしています。
自由に発言し、それぞれの個性や主張があって当然と言う事をまず学びます。そして、それぞれの感性を尊重していく。
学習を通して、意見を交換して相手の主張から自分が学んでいくと言う方針です。
ですから、日本の詰め込み式教育とは全くもって違います。
諸外国の教育現場では、いわゆる強制という部分が少ないわけです。自由にアルファベットだって書いていいし、日本のように書き順なんか関係ない、読めればいいという感じ。
まあ、ここにも『道』、Way ideaがあるという事なんでしょうけどね。
というわけで、
個人的には息子らが『強制的に奉仕』させるというアイデアを植え付けられない環境で良かったと思ってます。
ただし、自分の身の回りのものを整理整頓するという事を教えるのは大切な事。でも、それって学校で教えるもの?という気はします。
それは各家庭でしつけするものではないかと思うのですが・・・?
ですが、日本で育った私でも別にあれは『強制的に奉仕』させられたとは思っていないのは、あの当時、40年も前の日本の教育がまだマシだったということでもあると思います。
まだね、ある程度の自由はあった気がする・・・。
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