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【奈良吉野山】吉野水分神社:無神論者のAU旦那も心揺さぶられた神社

初めて私が吉野山に訪れたのは2012年の秋でした。その時は1泊2日で、着いた時は快晴、近くの神社仏閣を散策し、次の日に山の上の方を散策する予定にしていました。しかし、あいにくの雨になってしまい、レンタカーでサラッと上の方の金峰山神社と西行庵を見て回っただけでおしまい。

当時は、シドニーの美大の修士課程の作品づくりのために訪れたので、写真を撮るのがメインでしたが、いや〜、もう吉野山に魅了されちゃって。

そして、OZ旦那の50歳の誕生日に念願だった京都・奈良を満喫してもらおうと(実は、本当はインドに行きたかったらしいが)2014年に再来し、この時は湯川屋さんにお弁当を作ってもらって、丸一日を山登りをして発見した素晴らし神社がありました。

そして、OZ旦那が日本で一番(京都の神社仏閣よりも)気に入った神社、この素敵な水の神様、水分神社をご紹介しましょう!

古代の水の神と子宝の神

吉野水分神社の参道

吉野山に住んでいる方々は、軽自動車を所有しているのがほとんどではなかろうか・・・といつも行くと思うのだが、本当に道が狭い。マジで、狭い。やっと車が一台分通れるかというような感じの道がくねくねと続く。そして、山だから坂も多い。

私も旦那も歩くのは結構好きなのであまり苦にならないだろうと思ってはいたが、やはりきついものがきついのでございますよ。

そんな狭い道をてくてくと坂を登って行くとY字路の角(神社の定位置とも言える聖域)に如何にも「村の神社ですよ」というような素朴な感じで佇んでいるのが見えます。

吉野水分神社の歴史と由来

こちらの神社、葛城水分神社・都祁水分神社・宇太水分神社とともに大和国四所水分社の一つとして古くから信仰されてきました。「水分」とはこの神社の主祭神である水の神(水を田畑に配分する神)「天之水分大神(あめのみくまりのおおかみ)」を指し、水を分配することから「水配(みくまり)」、それがいつしか「水分」となったと言います。また、この地方は吉野水分峯(よしのみくまりのみね=青根ヶ峰)呼ばれて居たことからもこの水を司る神様の存在とも深く関係がるように思えます。

そして平安時代中期頃からこの「みくまり」が「みこもり」となまって、子守明神と呼ばれ、「子守さん」としての愛称で子授けの神として信仰を集めるようになりました。

もとは、象川上流に祀られていたそうで、元水分社跡があり、また、その辺りには、縄文中期から奈良朝頃に栄えた宮瀧遺跡があって、住んでいた人びとの祭祀と関連しているとの見解もあります。

2004年7月に、ユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の一部として登録されました。

神社にある由緒沿革が御座いまして、そこからの抜粋になります。

” 由緒沿革

御祭神

右殿:天萬栲幡千幡比咩命 玉依姫命 天津彦火瓊瓊杵命

正殿 : 天之水分大神

左殿 : 高皇産靈神、少名彦神、御子神

創立年代は不詳ですが一千年前の延喜式神名帳にすでに大月次 新嘗に案上官幣に預る旧社にて大和四処水分の第一として記され 吉野八大神祠の一社で俗に子守大明神と申されます
水分とは「水配」の意味で水を程よく田畑に配分する神様で毎年四月 三日に五穀豊穣を祈る御田植祭が盛大に行われ、その神事は吉野町の 無形文化財として指定されています
当社が子守の神になった事については「水配」が「みくまり」「みこもり」 「こもり」と転訛して子供を護る神 子供を授ける神になったと言われています
棟につないだ珍しい建築様式で水分造と申されます 現在の建築は 豊臣秀吉が文禄三年に吉野山へ花見に来られた時、当神社に祈願して 秀頼が授かりそのお礼として慶長三年に再建の工を起された後、秀頼が 父秀吉の遺志をつぎ建部内匠頭光重を奉行として慶長九年 九月に完成されたもので華麗かつ精巧を極めた桃山時代の代表 的神社建造物として建物全部が国の重要文化財として指定 されています
神社の宝物としては重文の釣燈籠 神輿 湯釜等秀頼寄進 の銘のあるものが社殿に置かれています
御祭神の玉依姫命の御神像は日本第一の美女神像といわれ 国宝に指定されています
国学の泰斗として有名な本居宣長はこの子守の社の申し子 として名高く宣長の著である菅笠日記にそのことがよく書かれています
今も子供を授ける神 子供を護る神 安産の守護神として世間の 信仰をあつめ全国各地よりの参詣が絶えません
宣長翁が当社へお礼参りの折に詠まれた歌に
  みくまりの 神の誓ひの なかしせば これのあが身は 生れこめやもちちははの昔想へば 袖ぬれぬ みくまり山に 雨はふらねど

-社前案内板より-

この神社の社殿 6棟 は、各慶長10年(1605年)の豊臣秀頼の創建になりますから、414年経っているということになりますね。しかし、非常にしっとりとしていて、優雅で、静かな佇まいなんです。

オーストラリア人の旦那にとって信仰というのは、彼の幼少時代のカトリックの押し付けと恐怖でしかないのですが、日本の宗教観についてはものすごく不思議でまた、哲学的であるという見解を持っています。ですが、信じるとか信じないとかいうレベルになると、

「信仰はそれぞれ個人の自由であり、それぞれ個人のプライベートな部分であるから、僕が信じないと思っていても、それを君に強要するつもりはないし、君が信じることを尊重するよ」

という答えをいつもしてくれます。まあ、要するに「僕は信じないけど、君はいいんじゃないの?」ということですけど、それでもここには特に惹かれたようで、ずっと縁側(?)に座って中庭を眺めたり、ジッと社殿を見つめたりしていました。

そして、帰る日もまた、

「ねえ、また水分神社まで行ってもいい?」と、リクエスト。

ありゃ、珍しいこともあるもんだ。内心、えええええ、あの坂道をもまた登るんですか?と思ったけど、

「いいよ、行こう!」

と、彼のリクエストにお応えして登りましたよ・・・はい。

中庭の桜。桜の時期はきれいだろうなぁ。
境内側から見た楼門 Wikipedia

で、2018年の初秋にも行ったんですね。どうしてもツレに見せたくて・・・。ですが、何故かしまっていた。

神社にも定休日っちゅうのがあるんだろうか・・・と、湯川屋さんに帰って聞いて見たら、実は宮司さんが変わったそうで、先の宮司さんは近くに住んでいらっしゃったが、今は通いで、何故か早めに閉めて帰ってしまうこともあるとか・・・。

まあ、いいんですけどね、どうせシーズンオフは参拝客だってそんなにこないだろうし。でも、こうやって楽しみに来る人もいますからねぇ。出来れば、定時までいて頂きたいと思いますけど。

結局、次の日は雨でしたし、予定もあったのでツレは行けずじまいでしたが、まあ、それもこれも『ご縁』と言うことになると思いますから、彼女もまた、

「ご縁があればまたいけるじゃろ」とのこと。

そう、何につけても『ご縁』ですね。

っつーことは、ここの神様とウチの無神論者のオーストラリア人旦那には『ご縁』があると言うことかえ?

ふ〜ん。

面白いこともあるもんだ。

そう言う不思議が好きですね、ほんと。

で、私個人としてのこの神社の感想と言うか、ご縁については「閉まっていた」と言うことでもお分かりでしょう。

しかし、ほんわかと言うか、真綿に包まれるような感じのする神社です。確かに、水分という名前がついているから水の神様ではあるですが、今まで回ってきた水に関わる神様よりもず〜っと、庶民的というか、やっぱり、「ほんわかする」という雰囲気がぴったりの神社でした。

それは、やはりこの神社の別称である、『子守宮』と言う子育てや安産、子を守る神様としての信仰が厚いせいであると思います。親の心や親が子を思う愛情を人々から受け、その信仰が形になった神社という感じがします。

だから、多分、ウチの旦那にも響いたのではないでしょうか。

彼は本当に愛情深い父親ですし、家族を守るためならば自分の全てを投げ出すような人ですから、私のように幼少時に家族愛に恵まれなかったものからしたら、学ぶところがたくさんあり、事実、彼のお陰でやっとしっかりとした母親ができているとさえ思います。

さて、今度はこの中庭のしだれ桜を見に行きたいものですね・・・この愛情深い私たちの子供の父親も連れて・・・。

パパさん、いつもご苦労様です。

いつか、君の念願の『吉野の桜』を見に行こうではないか。

そしてまた、金峰山寺の夜間拝観で魂に喝を入れ、

湯川屋さんの美味しいご飯を食べよう!

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Sakura
2000年からオーストラリア在住。シドニー某大学の修士課程卒業。『海外在住引きこもり主婦』のアーティスト兼ブロガー。専門は銅版画ですが、油絵もやります。海外生活事情や文化などを中心に書いてます。
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