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シドニーの空と街に刻まれた「Eternity」その言葉に宿る豪州文化の正体

今朝犬の散歩をしていたら、朝日を背にして青空に文字が描かれ始めたのを気が付きました。初めは何だかわからなかったんですが、AU旦那と「あれはEternityだね。あんまり上手に描けてないけどww」と飛行機雲で書かれた文字を眺めていました。

 このエタニティーと言う言葉、新聞はシドニーでは2000年の年明けにシドニーハーバーブリッジの花火の時にも使われましたし、シドニーオリンピックでも使われました。

Eternityは永遠と言う意味ですが、シドニーではそれ以上に親愛、労り、そして平和への願いを込めた意味があります。

そこで今回はこの言葉の歴史をご紹介したいと思います。

https://twitter.com/my_arty_life/status/1268686327068766210
目次

シドニーのMr. Eterniyとはどんな人?

まず、このEternityを初めに使った人がいます。

そして後に、彼はミスターエタニティーと呼ばれることになります。ではこのMr Eternityと言う人はどんな人なんでしょうか。

遡ること1932年から1967年にかけて、シドニーの道のあるところにチョークでEternityという言葉が書かれました。これは1度だけではなく35年間にも及ぶ長い間に何度も何度も書かれていました。

そしてこれを書いた人物というのが、Arthur Staceというアルコール中毒を抱えた元軍人で、毎晩のように死ぬまでシドニーの道に50万回も書い続けたといいます。

 

Mr. Eternityの生い立ちと彼の苦悩

ステイスは1885年に生まれました。彼はアルコール中毒の家庭で育ちました。彼の両親はもちろん、彼の兄弟も終始酔っ払っていて、最後にはメチル系アルコールを飲みだし、それが原因で全員が死亡したそうです。

また、彼の両姉妹は、それぞれ売春宿を経営していて、大酒飲みで彼女ら自らも売春婦だったそうです。彼は晩年になり、彼の家族の思い出として、家族がテーブルに座り、お金がなくなって酒が飲めないと泣いていた状況を語っています。

ステイスは、15歳のときに初めて泥酔とわいせつのために逮捕されましたが、悲しいことにそれは彼の習慣になり、何度も逮捕されることになります。

彼は1916年3月に第一次世界大戦に参加し、彼が戻ったときには、彼の片方の目はガス攻撃で半分見えなくなり、また彼のアルコール依存症も悪化していたそうです。

その時の状況を彼はこう語っています。

「それは何年も続いた。私はだたの薄汚い遺棄物にすぎませんでした。ビール、次にワイン、そしてスピリッツを飲み始め、最後にメチルアルコール系のスピリッツを飲み始めました。

そのため彼は多くの仕事を失い、仕方なく彼は泥棒になり、牛乳瓶をカートやキャンディーから籠から盗み始め、ゴミの中のから食べ物を探すようになります。

1930年8月6日、Staceは無料のお茶とロックケーキを貰うために、聖バルナバの学校のホールで衝撃を受けます。 彼はこの時にキリスト教徒の人々の施しや神への祈りから許されると言う実感を得て救われたと後にインタビューで語っています。

Mr. Eternityの誕生とEternityの意味とは?

そしてこのMr. Eternityが誕生することになるのは、1932年11月にジョンリドリーからの説教により、ステイスが感銘を受けた時であるといいます。

リドリーの叫び声を聞いた後、ステイスはこう残しています。

Eternity, Eternity, I wish that I could sound or shout that word to everyone in the streets of Sydney

永遠、永遠、私はシドニーの路上でみんなにその言葉をささやき、叫んだりできることを願う。

そしてこの頃からステイスはシドニーの道という道を歩き始め、そこを通る人たちに神と永遠の命における希望のという施しを真摯に伝えていきます。

彼は道に落書きをするといいうことで何度も警察と揉めていたそうですが、その度に彼は、「私はより高い所から許可を得ている」と答えていたそうです。この高いところというのは、当然ながら、キリストの神様のことでしょうね。

このMr. Eternityの正体は、最終的にステイスが早朝に道に書いているのところをライル・トンプソンという牧師によって発見されることになります。

このトンプソン牧師は、シドニーモーニングヘラルドへのインタビューで、

アーサーの1語の説教は何千人もの人々に感銘を与えてしてきました。 1930年8月6日にアーサーステイス自身の人生が影響を受けたのと同じくらい劇的に、それがどれほど多くの人々の人生に影響を与えたかは誰にもわかりません。

ステイスはこれを使命として、30年間続けましたが、彼が書いた文字はほとんど残っていません。

1つの例は、シドニー郵便局の時計塔のベルの内側で発見されたと報告されています。もう1つはステイスの墓、あと1つはシドニーのタウンホールスクエアでアルミニウムで記念されています。

参考資料:Who was Sydney’s Mr. Eternity? – National Geographic

シドニーのMr. Eternityの記念公園もある

Photo credit: Eastern Suburbs Memorial Park

Mr. Eternityのアーサー・ステイスはやはり、シドニーのシンボルでもあり、伝説的な存在であると言えます。シドニーのEastern suburbsにはメモリアルパークがあり、彼の記念碑が建てられています。

興味のある方は行ってみてはいかがでしょうか。

名称:Eastern Suburbs Memorial Park

住所:12 Military Rd, Matraville NSW 2036

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