オーストラリアは人種差別が多い?在住18年から見たオーストラリアの人種差別

 

いや〜、ものすごく、ご無沙汰しています・・・・すいません。このブログを楽しみにしている人もいるみたいですから、申し訳ないです。来月に個展をやるので、その準備と作品作りに忙しくて・・・・本職の方のウェブサイトも新しくワードプレスでこさえたりして、もう、なんか知らんけど忙しかったんです。こちらの方に興味のあるかたは、プライベートメッセージ下さい、詳細を追ってメールで教えます。

さて、今回のテーマは、オーストラリアの人種差別について書こうかと思います。人種差別・・・・ありますよぉ〜。ない国なんて、ないんじゃないかなぁ・・・。オーストラリアはまあ、移民国家なので、そんなにひどくはないけど、それでもありますね。トルコから移民してきた、お友達家族も、ケアンズの田舎で「あんた達に提供する食事なんてないから、出てってくれ!」って、面と向かって言われたらしいし。旦那さんは、お医者さんですよ・・・・みなりだってきちんとしているし、乗っていた車はレクサスですし。そんな感じで、ゴロゴロと転がっている人種差別なんですが、実際のオーストラリアの人種差別はどんな感じなのか・・・・ちょっと、18年間の経験も含めて、掘り下げて見ましょう。

田舎に行けば行くほど酷い人種差別

オーストラリアの歴史は約200年あまり。ですから、まあ、オーストラリアという国としては、若い国と言えるんですが。しかし、オーストラリアには、先住民族がいます。ご存知のように、アボリジニーの方達が、先住民族です。彼らは白人がこの大陸を発見した時からずっと迫害され、差別され続けていると言ってもいいでしょう。彼らは、はじめはオーストラリアの沿岸部に住んでいたんですが、白人の移民とともに段々と内陸部の生活環境が厳しい地域へと追いやられて行きました。これもまた、日本でいう蝦夷民族やアメリカのインディアンたちにも似通っていますよね。ですから、オーストラリアの内陸部、田舎の方ではアボリジニーの人口は当然ながら多い状況位になっていますし、それに伴ってどうしても白人による差別も多くなっています。

特に、田舎の方は農場だったり、農家だったりとあまり学問を必要としない職業が多く、そのために無知や無教養といった悪循環も伴って、どうしても「人間は平等である」という基本的な人権までもおろそかにされる傾向にあるんじゃないかなぁ・・・と私は感じます。ただ、移民はどうしても言葉の問題だったり、経済的なことで物価も安い地方や田舎などに移らざるおえない状況になることもしばしば・・・・。ここでもまた、「毛色が違うもの」や「異種」を排除、軽視、または差別する無教養な人たちが多くなってくるんです。

都会での人種差別

それでも、移民国家として200年も経ってくれば、移民の2世(白人以外)や3世が出てきます。彼らは移民としての差別や職業的なハンデから子供達の教育にはとっても熱心なので、自然とその子供たちは高学歴が多くなってきます。実際、シドニーの大学を見てみるとアジア系やインド系などの移民の子供達が多く在籍しています。しかし、都会でも当然ながら人種差別はあります。最近では、中国の経済的な力が強くなったため、海外で教育を受けさせて移民させようとする親御さんも多いです。それによって、白人たちの「オーストラリアがアジア人に侵略される」と言った危機感が煽られる・・・らしい・・・。

私の家の近くにあった、ベトナム人のパン屋さんのおばちゃんが言ってたんですが、ある時、白人の女性がいきなり店に入ってきて、「中国に帰れ!お前らのせいで、この国がおかしくなっている!」と怒鳴られたとか。店の中にいた白人男性が、「お前、何言っているんだ!この人は、ベトナム人だ!」と言ったら、何も言わず出て言ったとか(笑)。おいおい、アジア人がみんな中国人に見えるとか、日本人の白人はみんなアメリカ人と思っているのと同じレベルだぞ・・・・。と、思って笑っちゃったんですけどね。その、ベトナム人のおばちゃんも「ばかだよねぇ・・・あの女だって、移民なのに。アボリジニーには見えなかったし」と大笑いしていました。うん、あの太い根性がこの国の未来を支えているんだね、と思った事件だったんですけど。

無意識の人種差別

ステレオタイプの白人は、自分がひょんなことから差別をしているということは意識してません。これは、どこの国でも一緒なんだろうけど、結構、センシティブな話題だったりして、どこからどこまでが人種差別なんだかわからないこともしばしばなんです。

例えば、実は、「中国人は車の運転が下手」という通説がありまして・・・。これね、日本人の私が言うと、差別だって言われちゃうんですよ・・・・。と言うのは、日本と中国の国際的な関係と歴史によるもので、どうしてもそこへ飛んでいくらしい。ですが、白人の友達が言うと、そうは取られなくて、笑い話になって終わる時もある・・・。まあ、実際問題、中国から移民してきた人たちは道路事情も違うし、あんな人は車がいっぱいいるところから来たら、いちいち謝ってらんないって言うこともあるんでしょうよ。ですから、もうとにかく、我が道をゆく!これなんです。歩いて、ぶつかろうが、道を塞ごうが、何をしようとまず、謝らない・・・・これ、国民性なんですよ。でも、この話を日本人である私が言うと、「人種差別」と言われちゃうんですね。だから、私は「人種差別」だと思ってなくても、こう言う言い方をすると日本人である私だから「差別」と取られる場合もあるわけです。友人の中には、中国からの移民の人もいるしね、私は全くもって、それが人種差別的な発言だなんて思ってないんだけど・・・。うちの旦那が言ってもいいんだけど、私はダメらしい。

 

世界情勢も影響

ヨーロッパでは、シリアの問題があって以降、シリアの難民の大移動が起こっていて、それに伴って移民受け入れについての賛否が問われていますが、どこの国でも宗教的な観点から受け入れを拒否する人も多いんです。特に、ユダヤ教や敬虔なクリスチャンなんかはもう・・・ダメ。拮抗するキリスト教とイスラム教、その差別はもう昔からあるものだから、根が深いんです。それに伴って、ISISのテロだったり、それを元にメディアを使っていいように操っている人たちもいたりするんです。基本的に移民を希望して、危険を冒してまで国を捨てる人たちの中にテロリストはいない筈なんですが、メディアの過剰とも言える報道が人々の恐怖感を煽り、パラノイアが入って、それによって人種差別もひどくなる。

これは、オーストラリアでも言えることで、バスの中や電車の中でイスラム教徒のオーストラリア人が人種差別の対象になっていると言う時期がちょっと前にありました。2014年には、FacebookやTwitterなどでは ”I will ride with you” 運動(人種差別がひどく、怖くて一人で公共の交通機関が使えないイスラム教の人のために、一緒に乗ってあげること)が起こって、私のFacebookにも載せていた時期がありました。私たちの友人の中にも何人かイスラム教徒の人たちがいたので、人ごとではない気持ちでいっぱいでした。この#illridewithyou運動は、ソーシャルネットワークを通じてオーストラリアから世界中に広がったんです。

人種差別の薄い境界線

そこで、人種差別ってどこまでが差別で、どこまでがそうではなんだろう・・・・。これは、とっても薄い境界線のようなもので、立場によったりでパワハラになったり、セクハラになったりするのと同じように、人種差別も言い方や人種によっても違ってくる。それに、白人だって反対に差別されている場合もある。例えば、昔、旦那の生徒の中国からの留学生がいきなり結婚することにしたらから、立会人になってくれと言われたことがありました。19歳の男の子で、相手の中国人女性は25歳。新郎は、見た目は・・・・アキバにいるようなギークなオタク坊主だった。相手の彼女は、う〜ん、地味な感じ?新郎のご両親は、最後まで結婚に反対していて、結婚式の出席も拒否。それでも二人は幸せそうだったし、若くても頑張って色々と乗り越えて欲しいなぁ・・・と思って見ていました。

そのあと、彼らの友達が集まっての食事会では、私に質問が多くそれが、「どうして、オーストラリア人と結婚したの?」とか、「同じ人種じゃなくてもいいのか?」とか、そんなものが多かった。いや、中国の若者がこんなに保守的だったとは知らなくて、結構びっくりしたんです。その中でも「私は、絶対に中国人以外の人とは結婚しない!文化が合わないし、うまくいくはずない」と言い切っていた女の子がいた。これも、ある意味、白人差別だよなぁ・・・なんて、思っていたんです。めんどくさいし、二度と会う人たちでもないので、適当に「まあ、色々あるんじゃない?私はオーストラリア人だったから結婚したわけじゃなくて、この人だったから結婚したのよ」と言っといたけど・・・・。

コスモポリタンとしての外面

シドニーやメルボルンは基本的にはコスモポリタンとして独立した考え方をしている・・・・とおもっている人たちも多いと思うんですが、まあ、当たっている部分もあれば、ちょっとねぇ・・・・やっぱり、人によるかな・・・と思う部分もあるんです。それでも、私はシドニーを離れる気はないし、移るんだったらメルボルンかなぁ・・・とも思います。ブリスベンは・・・クイーンズランド州というのがあって、ちょっと、嫌かな。まあ、住んでいる人には失礼になるかもしれないけど、どうしてもクイーンズランド州というのは人種差別がひどいというイメージがあって、うちの旦那も絶対に住みたくないというし(旦那はクイーンズランド州出身)。

個人的に人種差別で被害にあったことはないです。でも、ああ、この人は私を差別しているな・・・と感じることはあります。それは、ベビーシッターや、お手伝いさんに間違われたことや、買い物に行って、ものすご〜くゆっくりと話しかけられたことなど。おい、白人以外はみんな英語が得意じゃないと思ってんじゃないぞ!アジア人だって、英語がネイティブなオーストラリア生まれで両親が移民だったから癖のある英語を喋る人だっているんだよ!って言いたい。私だって、大学院も出ているし、ほとんどネイティブばりに話せるんだよ!って思う。

実際、本当の人種差別者って声高に「私は白人以外はみんな嫌い」なんて言わないし、隠している人が多いんですよ。こういう人たちって、自分は人種差別してないと思っているみたいだけど、こういうところでよくわかる。シドニーに住んでいて、移民大国のオーストラリアだから、自分たちはコスモポリタンなんだっていう外面だけはとってもいい人が多い・・・そんな気がするんですよねぇ。

まとめ

人種差別は、もう大昔からあるものでそれが戦争を引き起こすこともあるし、なくなることはないと思うんですが、それでも世界がこうやって広がってきて、人が移動するのが当然のような世の中になってくると、こういったちっちゃなことにこだわっていると、とっても生きずらいんじゃないかと思うんです。

私は、偶然に日本で生まれて、日本で育った。旦那はオーストラリアのクイーンランド州のど田舎で、ドイツ系のママとアイリッシュ系のパパの間に生まれた。同じように私の友人だって、トルコの裕福なおうちに生まれて、医者になって、オーストラリアに移民しようと決心した・・・。全ては、偶然の積み重ねで、私だって次に生まれ変わる時にいきなり戦争の真っ只中に生まれちゃうこともあるかもしれないわけですよ。ですからね、人種で差別するのって、本当に馬鹿馬鹿しいと思うの。なんで、そんなことに体力を消耗しないといけないの?って思うんですよ。でも、宗教はね、別。これは個人の選択ですからね、これはもう思想が入っているので、私は宗教観について合わない人もいるし、それでお付き合いできない人もいます。

基本的に、そんなに肌の色が違うから嫌いならば、関わらなければいいし、無視していれば良い。差別ってね、されてみるとわかるけど、結構、悔しいものよ。いじめと一緒で、理不尽だし不公平だし、訳がわからない。日本でも最近ではヘイトスピーチが禁止とか言うけどね、あんなのオーストラリアでやったら、警察で侮辱罪で捕まるよ。ですからね、まあ、こんな人あまりはいないと思いますけど、日本からオーストラリアに来て、人種差別をすると簡単に警察に引っ張られるので、気をつけてくださいよ、日本では合法でも、オーストラリアでは違法ですからね。

ホモフォビアもそうだけど、このちょっと違うから嫌という人たちも、本当に困ったものだと思う。教養がないとか、そういう問題じゃないのかもしれないし、育った環境なのかもしれないし、肌の色が違おうが、育った国が違おうが、いい人はいい人なんです。反対に嫌な奴は、嫌な奴なんですよ。

でも・・・・私に中指を立てられてFワードを言われた人はきっとあれから、「アジア人の女は嫌いだ・・・」、と人種差別者になった可能性もあるかもしれない・・・なんて事あるごとに思うんだけど。

まぁね、アジア人だからって、なめんじゃねぇぞ!