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【真の国際人を目指して】なぜ人は差別をするのか?差別をなくすには!?

このブログでは、たま〜に、人種差別や宗教差別、それから性差別などを取り上げておりますが、どこの国に行っても、仲良くやっているふりをして腹のなかでは差別をしている人がいるものです。

例えば、先日の出来事。いつもはとっても愛想が良くて、差別とは無縁な、理解のある風だった人がちょっとしたいざこざから、こんなことを言っていた。

「あの人は、やっぱりインド人だったわ。常識なんか全くないし、オーストラリアに来たんだから、こっちのやり方ってものを学んでほしいわ!」なんてほざいたりする。いや〜、あのインド人、オーストラリア生まれで、オーストラリア育ちですけどね。そう言うあんたはポーランド生まれで、ポーランド育ちだったよね。なんて言うこともある。

この時、旦那と「あの人、実は人種差別者だったんだねぇ。私のことだって、本当はどう思っているかしれたもんじゃないねぇ。」なんて話していたんです。

では、今回はなぜ差別は起こるのか、そしてどうすれば差別をなくせるのかを考えてみたいと思います。

差別の種類

人種差別(Racism)

差別と聞くと、まず思い浮かべるのが、人種差別ではないでしょうか。1948年に採択された世界人権宣言では、「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」と宣言しています。

そして、人権及び基本的自由の平等を確保するため人種差別撤廃条約は、1965年の第20回国連総会において採択され、1969年に発効し、日本は1995年に加入しました。1965年に採択されていたにも関わらず、日本は30年かかって加入したんですねぇ・・・・ふ〜ん。

人種差別撤廃条約に基づいて、人種差別とは;

人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう。

外務省;人種差別撤廃条約

性差別(Sexism)

この性差別については、男尊女卑、女性軽視、そしてホモセクシャリティーなどの性的マイノリティに対する差別も含む差別的な思考をいいます。例えば、1960年代にアメリカで起こったウーマンズリブ(Women’s Liberation)は、女性の参政権、男女平等を訴えた女性解放運動で、これによりフェミニズムの思想が世界に浸透していきます。

また、20世紀後半になると、これに加えてジェンダー(性別)の区別について、特にホモセクシャリティーなどの性的マイノリティに対する知識や研究、それに伴う差別も多くなり、同性愛者に対する偏見も性差別と同様視されています。2006年1月には、EUの欧州議会において「同性愛嫌悪(ホモフォビア)」に対し、同性愛に対するあらゆる差別は人種差別と同様とする共同決議案を採決しました。

差別の種類にはいろいろあると思いますが、大まかなところで上記の2つに絞って見ましたが、それ以外にも;

  • 貧富の差
  • 能力的な優劣の差
  • 身体的な障害や精神障害
  • 階級や身分の差、など

なぜ差別が起こるのか?

Image by AnveshPandra via Flickr

差別という感情や感覚の根底には、未知の物に対する「警戒心」や「恐怖心」と言った人間の本性としての自己防衛本能があります。自分とは違う外見だったり、違う価値観(宗教観も含める)だったりという状況に対して抱く防衛的な考え方が存在します。そして、心理学的にもこれは全くもって自然なことであり、自分以外の異質なものについて「恐怖心」を覚えて当然と言えます。ですから、極論から言えば、人種差別を解決する方法は多分ないのではないか・・・・というのが、様々な人の意見だと思いますし、私自身もそう思います。

そして、近年になって、人種差別の塊であるトランプやオーストラリアのアボット前首相(現政権もそう)、プーチン、ISISなどの極端な反白人主義などファシズムが頭をもたげてきている背景には、ニュースなどの極端な情報過多があると思うのです。

情報過多による洗脳的な刷り込み

昔だったら、新聞を読むなり、ニュースをある距離を置いて受信していましたが、今はネットや24時間のニュース番組などで常に受信できるようになっているので、TVやネットから流れるテロなどについて何度も何度も繰り返し、一方的に受け取るようになっています。「異質のものはやばい!」という感情がどんどんと蓄積されている状況があるように思えます。

その異質のものに対する「恐怖感」が助長されていき、それによってよく考えるよりもその状況だけを判断し、その恐怖感が一人歩きして、「自分とは異質のものを排除したい、排除するべきだ」、と言う暗示にかかっているように思えます。ある意味、洗脳的な刷り込みですよね・・・。

そしてそれを利用しようとする人たちがいて、それに政治や経済が絡み、国家がらみで事が動いていくと、今のアメリカのような感じになってしまうのではないかと思います。ISISによるテロ行為、イスラム教過激派の真の意図よりも、イスラム教というし宗教観が先走り、実際には何にも害のないイスラム教徒までもが差別の対象になってしまっています。

イスラム教徒の中でもISISからの拷問や被害を受けている人たちはたくさんいるわけで、そういう人達のことよりも、ISIS=イスラム教=テロリストということしか知らない人が多いのではないでしょうか。

いい例が、トランプの起こした、イスラム教系の国からの入国制限。あのバカのやりそうなことと言うか、もう、絶句。最終的には、アメリカの最高裁であれは「違法である」と言うことですぐに廃止になりましたけど、バカと無知と無教養な人間に権力をあげるとああ言うことが起こるんですよ・・・・。

差別の温床は家庭環境にもある

さて、ではTVやネットなどの情報過多が原因であるあのではないか、と言うことを言いましたが、それ以前にも当然ながら、情報を受ける側のバックグランドにも問題があるような気がするんですね。それは、もう、家庭環境での刷り込み以外の何物でもないと思っています。例えば、ことある度に、「あいつチョンだろ」とか、「中国人のやりそうなことだよ」とか、そんなことばかりを吹き込まれて育って見なさいよ・・・・子供にとっては、親や兄弟は絶対的なものがあるんだから、「根拠のない」人種差別が生まれるということもあります。

しかし、一旦、大人になった時には、自分の目で見て感じて真実を知ることもできます。家庭環境や周りの状況がそうだったというのは、もう救いようのない、選択肢のないものですが、ある程度の年齢になって、家庭を離れて独立した時になって「いや、あれは違うでしょ」と気づく。でも、気づかないでそのまま親と同じように差別している人たちもいるのは確かな事です。

差別をなくすには?

差別のメカニズムを知ること

ここまで行くと「差別をなくそう」なんてとっても無理!不可能!って思うくらいなんです。そして、極端ですが、世界中の人間の血が混じり合わない限り、または、たとえ混じり合い、宗教も全てが同一化したとしても、「個」という概念がある限り、自分とは異なる外見や思想を持っている人間の存在を意識しなくなるなんてことは、絶対になくならない。そして、人間は他人と比べることで優越感を覚えたり、それを自信として支えて行くような感情を持っていたりする。だから、人種差別だけでなく、差別という「人と自分を区別する」行為自体はなくならないと言っていいと思うんです。

そこで、同じ民族、同じ宗教、価値観、または同じような生活レベル、そう言った「共通の部分が多い」ということに安心感を覚えるのは当然のことなんです。ですから、オーストラリアでもよくあるのが、移民したばかりの人たちが同じ国の人が集まる地域に住みたがると言ったことです。それは、多分、潜在意識化で自分の不安材料を少なくして、ストレスを軽減させると言った、人間本来が持っている防衛本能から来ているものと言えるでしょう。

しかし、差別をできるだけ少なくする方法ならば、なんとかなると思うんです。それは、この差別のメカニズムをよく理解することだと思うんです。なぜ、差別をしてしまうのか? 差別意識はどこから来るのか? 最低でも、この二つをきちんと考えられる人間性を持つことが、差別をなくす、または少なくしていくこと原点になるのではないでしょうか。

異文化や異人種と出来るだけ接する

最近では、日本政府が移民受け入れを推奨しているようなので、日本はますます外国人が多くなるでしょう。そこで、まず、差別の対象と年見るよりも、異文化や異人種と接しているうちに、「外国人慣れ」をして、「異文化」や「異人種」に慣れていけるのではないかと思うのですが・・・。

また、格安チケットなども増えてきて海外も昔に比べて安く行けるようになってきましたし、海外に出てみて、反対に自分が「異種」になってみる経験も必要ではないでしょうか。ヨーロッパとか、結構、アジア人に対して冷たいですからね、反対に差別されてみると「おい、日本人って差別の対象になるの?」なんて、改めて「井の中の蛙」から脱皮することもあるでしょう。

まあ、極端な話、海外に出なくても都会に行けば、外国人なんてワンサカいるから、良い悪いは別にして、国際交流をしようと思えば、手っ取り早く、「ヘイ!遊ぼうぜ!」と日本語で話しかけても良いし。初めは変な顔をされるかもしれないけど、相手も日本人とお友達になりたいと思っている場合がほとんどだから、仲良く酒を飲み交わしてくれるのは間違いと思いますので、ご心配なく。あとは、あなたの勇気です。

まとめ

日本は島国で、元々が単一民族で、実は世界からみると、とっても特殊なんです。でも、住んでいるとやっぱり気がつかないことが多いですし、基本的に、昔から日本民族としての国民性や、家系などの血を重んじる民族でもあります。ですから、お隣の国であれ、仏教やら何やら元々の日本文化の礎になっている文明がどの国から入ってこようとなんだろうと認めない!というような感じです。ただ、情報が色々と流れる昨今、ヘイトスピーチを野放しにしているために各国のリベラルな方々から「人種差別はいけない!」というお叱りを受けているのも事実なんです。

ただ、ここで日本国内の差別推進派と海外のリベラルな人たちの間には、ちょっとした温度差がある。それはやっぱり、育ってきた環境の違いです。特に、移民の多い、アメリカやヨーロッパなどでは、人種差別に対してはものすごくシビアというか、神経質なんですね。ちょっとした人種差別の言葉だけで、人権無視や名誉毀損などで訴えられたりするんです。オーストラリアでも、バスの中で中国系オーストラリア人に対して「中国に帰れ!」、と言ったおばちゃんが、次のバス停で警察に逮捕されたりするんです。日本じゃ考えられないでしょ?ね、ほら、温度差が全く違うんですよ。

ですから、こうやって情報が世界中に蔓延し出し、外国語であっても翻訳してネットで読めちゃう時代になって、どんどんと世界が小さく、狭くなっていくので、できればこういう多種多様性についても本当の意味で理解するような教育が必要じゃないかな・・・と思うわけです。そうじゃないと、ベクトルが同じ人間だけが集まるような社会になり、そして、そうなると必ず違うベクトルの相手を排除しようとして摩擦が起きる。その結果、世界が不安定になるんです。

私たちは親として、次の世代を担う子どもたちに希望を持たせてあげたい、そして、唯一救いになるのは、教育で、その始まりはまず家庭にあると思います。幸いにも、オーストラリアは多民族国家ですから、ちょっと違った人たちはたくさんいますし、周りにはゲイのお友達もわんさかいいますし、旦那もフェミニストですから、まあ、多様性においては問題ないでしょう・・・・。

Sakura
2000年からオーストラリア在住。シドニー某大学の修士課程卒業。『海外在住引きこもり主婦』のアーティスト兼ブロガー。専門は銅版画ですが、油絵もやります。海外生活事情や文化などを中心に書いてます。
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