オーストラリアの教育方針から考えてみた、日本のイジメがなくならない理由

 

まず、オーストラリアでもいじめはあります。先日も14歳の女の子がネットいじめによって自殺した・・・というニュースがありましたが、それでも圧倒的に日本よりは少ないです。ないことはないですよ・・・・実際に、長男もいじめというか、嫌がらせというか、そういうのにあいましたし・・・・その相手がなんと日本人とのハーフ。ふ〜ん、面白いなぁ・・・と思ったけど。

そして・・・

私も「いじめられた」経験者です・・・。学校生活では、中学1年生の時と、中学2年生の時の2回、いじめられました。あ〜、なんていうのかなぁ・・・・あれは・・・まあ、暇だったんでしょうよ、あの女子たちは。特に私に理由があった・・・のか?まあ、人とちっと違う、違うことがしたいと思っていたのを嗅ぎつけられたのか?そういう感じで、仲間はずれですよね。それで、次々にターゲットを変えていくっていうやつですよ。一応、トップグループというか、目立つグループにいて、仲間外れにされたので次のグループに払い下げされた感じでしたけど。

その後、次に仲間外れにされたのが、今のマブダチで・・・・なんだかんだ言って、日本を離れても仲が良くて・・・もう、35年にもなります!ですから、あれも良かったのか、悪かったのか。この親友も「ごめんね・・・私も好きでイジメに加わったわけじゃなくて・・。こうやって、仲間外れにされて、よくわかった」なんて言ってましたっけ。

そこで、今回はなぜ日本はいじめが横行し、いつまでたってもなくならないのか。オーストラリアの教育の現状や、どういじめに対して対処しているのかをご紹介しながら考えてみたいと思います。

ではまずオーストラリアから・・・・・

オーストラリアにはいじめがないのか?

まず、Wikipediaで面白い記述を発見したので、ちょっとご紹介します。私が見つけたのは、世界のいじめ事情みたいなもので、各国のいじめの現場やリサーチの結果を示したものです。

国際教育到達度評価学会で参加40か国から集めたデータをまとめたところ、オーストラリアでは生徒の25%以上がイジメを体験しており、クウェート、カタール、台湾、ニュージーランドに次いで、いじめの発生率が高く、世界最悪の水準と評価された。南オーストラリア大学の研究によると、オーストラリアの児童の15から30パーセントは学校でのいじめを受けているとされ、ディーキン大学の調査では児童の4分の3は何らかのいじめに従事していたとされる。また、SNS、特にFacebookを利用してのネットいじめも増加している。児童の中には、性的ないじめや、ナチズムに傾倒した言動も見られる。オーストラリアの教育現場では、教師間でのいじめも深刻であり、ニューイングランド大学の研究者によると、教師の99.6パーセントは、職場で何らかのいじめや嫌がらせ、差別を受けた経験を持つという。オーストラリアの保護者の多くは、学校や教師がいじめに対処する能力を不安視している。

2012年のロンドンオリンピックに参加したオーストラリア選手の間でもいじめがあったとされる。

参照:いじめーWikipedia

しかし、これね、個人的に言ってですね、どこまで信憑性があるのかなって思うんですよ。大体ね、思春期の子供っていうのは自己中心的、被害妄想、自意識過剰、悲劇のヒロイン、嘘つき、そんなものが集まって生活してるんですよ。。。。。ウチの16歳の息子も含めてね・・・特に。

例えば、ちょっとニキビができただけでもう大変なことになってたりするんです。そしてそれをちょっとつっけんどんな言い方で指摘されただけで、「いじめられた」、なんてことにもなったりするかもしれませんのよ・・・・あの悲劇のヒロインたちは・・・。

ですからねぇ・・・ここに書いてある意識調査がどこまで本当なのかは、ちょっと私としては疑問ですね。まぁそこで今回は、実際私が見たり聞いたりしたことからまとめてみたいと思います。

「オーストラリアにはいじめがないのか?」結論から言うと、当然ありますよ。人間が生きているという証には、羨望であったり、嫉妬であったり、他人と比較するという感情が必ずどこにでもあるとおもいます。人種差別だって、基本的には他人と比較すると言う感情から出てくるいじめです。ですから、オーストラリアは多民族国家ということで、ありとあらゆる部分で比較する要素がたくさんあるわけです。

それでも、日本よりはいじめは少ないですし、それによって自殺するという子供たちも少ないです。ないとは言いませんが、本当に少ないです・・・・。

オーストラリアのいじめに対する対処の仕方

オーストラリアの教育

オーストラリアでは、当然のことながら日本とは教育方針が違います。オーストラリアの小学校は、制服のところがほとんどです。多分、公立私立を含めて98パーセントぐらいは制服です。ですからここでも、私服による比較や羨望など、小さい子供たちが感じる競争意識を削ぎとることができるでしょう。これによって、教師も身近な子供たちの余計な争い事に巻き込まれることなく時間の余裕ができるってもんです。

いじめに対する学校の対応

多分年に一度くらい、学校からいじめに関する資料が手渡されます。これに子供たちにいじめが起きていないかをチェックする項目が書いてあります。例えば:

  • 普段と違って元気がない
  • 理由を聞いても答えない
  • 友達の話をしたがらない
  • からかわれた
  • 物がなくなった
  • 遊びの仲間から外された、遊びの仲間にいれてもらえない

などこんな感じです。そしてこういうことがあったならば、至急担任の先生に連絡するように、と書いてあります。いじめは、放っておくと助長して大きくなる傾向がありますから、ちょっとした「からかい」であってもすぐに担任に連絡するようにと言う、学校からのお達しです。

下手をすると先生も学校も訴えられる

オーストラリアは、まだまだアメリカほどではありませんが、わりとすぐに弁護士が出てきます。日本では公務員や教師などは守られたような感じですが、オーストラリアでは教師の仕事を怠った場合、平気で訴えられます。特に、大金を払っている私立の学校では、こういったケースが結構あるということを聞きます。

それから担任の先生以外でも、学校長なども監督不行届きということで親から訴えられるケースもあります。オーストラリアでは、リファレンスと言って前の勤務先からの推薦状を提出しなければいけませんから、こうして自分の経歴にケチがつくと、次の就職先に響くわけです。

また、多くの学校は、不正が行われないように全く関係のない人間が関わっている学校の理事会というものがあり、そこで色々と審議されて、不公平や不当なことが起きないように監視している機関です。ですから、学校の校長や先生がきちんと対処しない場合、この理事会に報告するという形もできます。このこの理事会の決議によっては、先生や校長もただでは済まない状況になることがあるそうです

こんな感じですから、自然と先生方も失敗しないように自分の仕事を遂行するようになるんじゃないでしょうか。

警察の介入

弁護士が出てくれば、当然のことながら警察も介入してきます。オーストラリアでは、人種差別的な発言は罰せられることになります。ですから、民事といえども、人種差別が問題といじめがあったとき、またはいじめによる暴力があったときなどは、侮辱罪、傷害罪が適用されることになります。

そしてまた、数年前に刑法が変わり、未成年者であった場合は、親も未成年者の監督不行き届きということで罰金が課せられることになりました。ですから、いじめがエスカレートして暴力にまで及んだ場合、直接親や本人が警察に通報して警察が学校に行く、ということもあり得ます。

個人主義の文化的違い

欧米は個人主義ですから、違って当たり前ですし違うことを求める傾向があります。いじめの根本は、まず他人と比較すること、異分子を排除しようとすること、こういったことから始まると思います。ですから、日本とは違い個人主義の徹底した文化的違いから言って基本的ないじめの構造分子がつけないように思います。

そしてまた、オーストラリアのほとんどの親が「嫉妬」や「他人と比較すること」に否定的な教育をしています。まあこれは、通常の当たり前な家庭での話ですから、そうじゃないどうしょもない家庭もある訳で、そういった家庭の子供たちは、やはり意識も低いのでないかと思いますが・・・。ですから、私が今言っているのは、オーストラリアの中流階級、あるいは普通の家庭の話として捉えてください。

 

しかし、オーストラリアもいじめが結構多い・・・と言うのも実はよくわかると言うか・・・。現在の白人主義政策で、政府の方もイスラム系やアジア系に対する人種差別的な発言が多くなっています。また、実際にもイスラム系やアジア系に対する反発や差別的ないじめも横行している、と言うニュースもあります。

そしてまた、こういった意識の低い地域、親の教養水準が低い地域というのも存在します。田舎の方や、シドニーの西部の方に行くとどうしても地域的な背景も多く絡んでくるように思います。

そこで、Youtubeで見つけたオーストラリアの学校でのいじめのシーンを・・・・。

このビデオでは、大きな男の子の方がいじめに遭っているんですが、何発か殴られた後、切れてボディスラムをかましたというもの・・・・。この体の大きな子は、ずっと前からいじめに遭っていたようで、学校側はここまで放置していたようですねぇ・・・・。

この後、ビデオはかなりの論争を呼んだようですが、このいじめっ子に対しての同情は全くなく、やり返した方の男の子に対しての称賛の方が多かったようですね。ウチの旦那も「よくやった!これであのバカもやり返してこないだろう!でも、学校長もこれでクビだな」とのこと。

こちらの学校・・・Chifley College Dunheved Campusといって、North St Marysにある学校です。シドニーからは西部の位置していて、あまり治安のいい地域ではないですねぇ。こんなことがあっても、びっくりしない地域ですわ・・・・。

では、ここら辺でオーストラリアの「普通の」教育現場、親としての視点から見た、日本のいじめ事情について考えて見たいと思います。

 

なぜ、日本はイジメがなくならないのか?

もう、それは簡単・・・・学校制度の問題と国民性の問題、この2つですよ!

日本のベタベタ、閉塞な学校制度

ここで、日本のいじめの専門家、内藤朝雄(明治大学准教授、いじめ問題研究家)先生の記事を見つけたのでご紹介したいと思います。

いじめを蔓延させる要因は、きわめて単純で簡単だ。

一言でいえば、①市民社会のまっとうな秩序から遮断した閉鎖空間に閉じこめ、②逃げることができず、ちょうどよい具合に対人距離を調整できないようにして、強制的にベタベタさせる生活環境が、いじめを蔓延させ、エスカレートさせる。

もう、ほんと同感です!!もう、これしかない!!って思いますよ・・・・。まあ、あとは教育者である学校側の対応や意識の問題もあるでしょうけど、基本的にはこれですよ!!

そして、このベタベタ感。もう!たまんなく、嫌!!

では、何が閉塞的なのか。

まずは、オーストラリアの学校制度と比べてみましょう。小学校はクラス担任が一緒で、まあ、机がなくて、大きなテーブルでグループ授業がほとんどということ以外は制度的には、日本の小学校と特に違いはありません。

しかし、中学、高校からが違うんです。こちらでの学校は中学、高校がハイスクールと呼ばれて、一貫しています。そして、生徒が決められた教科ごとに決められた教室に移動するというもの。そして、選択教科なども入ってきますから、毎度同じ生徒が集まるということはありません。ここでまず、生徒間の「距離」ができるわけです。そして、日本の独特な「教室」という「閉鎖的な空間」もここにはありません。数学の授業が終われば、次の英語の授業、隣のやつは次は物理、なんていう風に生徒がそれぞれ移動していきますから、今日のランチはA君と、明日はBちゃんと、なんていう風に生徒が入れ替わり立ち替わり、交代していくわけです。

関連記事:

どうですか?いかに、日本の学校が生徒たちにとって閉鎖的か・・・よくわかるでしょ?

日本の国民性の問題

日本は、歴史から言っても国民が革命を起こしたことがない国なんです。「上」のいうことに従っていくというのがDNAのなかに組み込まれている国民なんです。江戸時代の階級社会もそうですが、その前の天皇制、とにかく歴史的に見ても上下関係に厳しい社会でもあるわけです。

人間は特に同じ種類の中にいると同調意識、同調圧力が均衡になって、居心地がいいという気持ちが自然と働く。特に、単一民族である日本や韓国、中国なども同じで、ここに異物が入り込むと、それを排除しようとする意識が働くものだそうです。これが、いわゆる昔からの風習・・・・「村八分」。最低ですねぇ・・・・こんな言葉が昔からある民族なんですよ?いや〜、「村八分」って、今で言う「集団いじめ」ですよねぇ。

そんな国民性で「いじめをなくす」なんて、できるんでしょうか?って思いませんか?

そしてまた、日本の学校という概念も問題だと思います・・・。

前にご紹介した、内藤先生の記述です・・・・

学校とはどのようなところか。最後にその概略をしめそう。

日本の学校は、あらゆる生活(人が生きることすべて)を囲いこんで学校のものにしようとする。学校は水も漏らさぬ細かさで集団生活を押しつけて、人間という素材から「生徒らしい生徒」をつくりだそうとする。

これは、常軌を逸したといってもよいほど、しつこい。生徒が「生徒らしく」なければ、「学校らしい」学校がこわれてしまうからだ。

たとえば、生徒の髪が長い、スカートが短い、化粧をしている、色のついた靴下をはいているといったありさまを目にすると、センセイたちは被害感でいっぱいになる。

「わたしたちの学校らしい学校がこわされされる」
「おまえが思いどおりにならないおかげで、わたしたちの世界がこわれてしまうではないか。どうしてくれるんだ」

というわけだ。

ああ・・・・もう、気持ちが悪いったら、ありゃしない!

私の通信簿・・・いつもあったのが、「協調性に欠ける」これですわ。だってね、他人と違うことがしたいって思ってたんですから、協調性なんてあるもんじゃないわな。先生からしてみたら、「異分子」、「問題児」だったわけです。でも、持ち前の愛嬌があったからね、なんだかんだ、先生には可愛がってもらったように思う。昔の先生だから、まだまだ気骨もあったし、教師という矜持も持っていた時代の話ですけど。

ここになぜ、私が日本で子供を育てたくないかという理由がはっきりとわかりますでしょ?!このベタベタ感、この気持ち悪い「・・・・らしい」という型にはめたがる、日本の民族性・・・。ああ、もうダメ・・・。

参考文献:

まとめ

もう、まとめちゃいます。

私はね、日本が大好きです。日本の文化が、日本食が、それに人情・・・そういったもの、大好きなんですよ。けれども、反対にもう絶対に住めないと思うんです。この「〜らしさ」や「〜でなければいけない」という個人の尊厳を無視した社会的な押し付け・・・・。実際、30まで日本にいましたよ、でも、限界だった。ずっといたら、多分私は精神を病んで、自らの命を絶っていたかもしれないと真剣に思うんです。

この同調圧力・・・・たまんないわぁ。最近、よく精神を病んでしまった日本の人たちの話を聞きますけど、よくわかるもん。だから、私は日本を出たし、こっちでも日本人の知り合いはいるけど、友達は一人もいない・・・怖くて、付き合えないと言ったほうがいいのかなぁ・・・。同調性と嫉妬と妬みで、いつどう相手の態度が変わるか信頼できないんですよ、日本人って。まあ、日本に親友と言える何十年も付き合っている奴らがいるから、いざとなったら、電話でもすりゃいいし。

その点、オーストラリア人は正直者だから、すぐに顔に出るし、嫌なら付き合わないし。何か意見や言いたいことがあったら、ちゃんと面と向かって言ってくれるし、とにかくわかりやすい。ですから、友人として信頼できるんですよ。

結論から言わせてもらえば、申し訳ないけどね、もうね、日本からいじめはなくならないですよ。この内藤先生が提案しているように、欧米のような教育制度、「教室という閉鎖的空間」をなさない限り、なくならない、というよりも、少なくならないですよ。そして、日本人から「いじめ」はなくならないです。専売特許なんですよ、「嫉妬」、「妬み」、「いじめ」これはもう、日本人の専売特許。DNAに組み込まれているんですよ。

でも、そうじゃない人たちもいるんですよ、でもそういう人たちだって、いじめの対象になると思うと何もできない・・・それもよくわかるんですよ。正義の元に何かをすれば、その人は「異分子」となって、いじめの対象になってしまうから。

解決方法は・・・・強くなることです・・・。なんて簡単に言いますけど、それしかないんですよ。そして、一人でもいいから心からなんでも言える友人を探そう・・・・。そして、日本を出る。

簡単じゃないよ!っていうかもしれないけど、死ぬ気になればなんだってできるんだから!

あ、そうだ、国際結婚の出会い系サイトにでも登録してみるかい?なんか始まるかもしれないよ??

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