HOME シドニー暮らし 欧米式の子育て オーストラリア教育方針から...

オーストラリア教育方針から見た、日本のイジメがなくならない理由

まず、オーストラリアでもいじめはあります。

先日も14歳の女の子がネットいじめによって自殺した、というニュースがありましたが、それでも圧倒的に日本よりは少ないです。

私も「いじめられた」経験者です。なので、自分の子供が就学した時にやはり気になったのは、学校での友人関係、そしてイジメについてでした。

私の学校生活では、中学1年生の時と、中学2年生の時の2回、いじめられました。中学1年生の時のイジメは男子からで、好きだと言われた男子を振ったことから始まったその男の子のグループ5人くらいからひどい暴力を振るわれて、1週間くらい登校拒否をしました。

その時の担任だった先生が、「ちゃんとやるから、お前は安心して学校に来い!大丈夫だから、俺を信じろ」と家まで来てくれました。そして、次の日に学校に行くと席替えがあって、私は教室の一番前の窓際で隣がなんとボクシングをやっていると噂の男子でした。そして、案の定、イジメグループが来て、私が暴力を振るわれる瞬間に隣の彼が、

「弱い女を寄ってたかっていたぶるって、最低だわ。俺が相手になるから」と。もう、漫画やドラマのようでした。当然ながら、それ以来、ピタリとイジメはなくなり私は普通に楽しく後の2年間を過ごせることになったのです。

ということで、私もまた登校拒否までした、イジメ経験者です。

ですから当然ながら、自分の子供達の学校での生活におけるいじめについても敏感になってしまいがちです。ですが、オーストラリアにいる限り、ある意味安心して学校の通わせるという気持ちはあります。

何故、日本はいじめが横行し、いつまでたってもなくならないのか。

オーストラリアの教育の現状や、どういじめに対して対処しているのかをご紹介しながら考えてみたいと思います。

ではまずオーストラリアから・・・・・

オーストラリアにはいじめがないのか?

まず、Wikipediaで面白い記述を発見したので、ちょっとご紹介します。私が見つけたのは、世界のいじめ事情みたいなもので、各国のいじめの現場やリサーチの結果を示したものです。

国際教育到達度評価学会で参加40か国から集めたデータをまとめたところ、オーストラリアでは生徒の25%以上がイジメを体験しており、クウェート、カタール、台湾、ニュージーランドに次いで、いじめの発生率が高く、世界最悪の水準と評価された。南オーストラリア大学の研究によると、オーストラリアの児童の15から30パーセントは学校でのいじめを受けているとされ、ディーキン大学の調査では児童の4分の3は何らかのいじめに従事していたとされる。また、SNS、特にFacebookを利用してのネットいじめも増加している。児童の中には、性的ないじめや、ナチズムに傾倒した言動も見られる。オーストラリアの教育現場では、教師間でのいじめも深刻であり、ニューイングランド大学の研究者によると、教師の99.6パーセントは、職場で何らかのいじめや嫌がらせ、差別を受けた経験を持つという。オーストラリアの保護者の多くは、学校や教師がいじめに対処する能力を不安視している。

2012年のロンドンオリンピックに参加したオーストラリア選手の間でもいじめがあったとされる。

参照:いじめーWikipedia

しかし、これね、個人的に言ってですね、どこまで信憑性があるのかなって思うんですよ。大体ね、思春期の子供っていうのは自己中心的、被害妄想、自意識過剰、悲劇のヒロイン、嘘つき、そんなものが集まって生活してるんですよ。。。。。ウチの17歳の息子も含めて。

例えば、ちょっとニキビができただけでもう大変なことになってたりするんです。そしてそれをちょっとつっけんどんな言い方で指摘されただけで、「いじめられた」、なんてことにもなったりするかもしれません。

ですから、正直に申し上げて、ここに書いてある意識調査がどこまで本当なのかは、ちょっと私としては疑問なのです。そこで今回は、実際私が見たり聞いたりしたことからまとめてみたいと思います。

「オーストラリアにはいじめがないのか?」結論から言うと、当然あります。

人間が生きているという証には、羨望であったり、嫉妬であったり、他人と比較するという感情が必ずどこにでもある。

人種差別だって、基本的には他人と比較すると言う感情から出てくるいじめです。ですから、オーストラリアは多民族国家ということで、ありとあらゆる部分で比較する要素がたくさんあります。

それでも、日本に比べていじめは少ないですし、それによって最悪の事態である自殺するという子供たちも少ないです。

それはいじめに対するオーストラリアの対処の仕方が日本とはまるっきり違うことが挙げれます。

オーストラリアのいじめに対する対処の仕方

いじめに対する学校の対応

オーストラリアの学校では、小学校のうちから多分年に一度くらい、学校からいじめに関する資料が手渡されます。これに子供たちにいじめが起きていないかをチェックする項目が書いてあります。

例えば:

  • 普段と違って元気がない
  • 理由を聞いても答えない
  • 友達の話をしたがらない
  • からかわれた
  • 物がなくなった
  • 遊びの仲間から外された、遊びの仲間にいれてもらえない

そしてこういうことがあったならば、至急担任の先生に連絡するように、と書いてあります。

その注意書きには、いじめは、放っておくと助長して大きくなる傾向がありますから、ちょっとした「からかい」であってもすぐに担任に連絡するようにと書いてあります。

実際に、長男が小学校4年生の時に仲間外れにされるということがあり、その時にちょっと報告が遅れたら「何故、その次の日にでも言ってくれないのですか!?」と怒られたことがあります。

本人がそんなに気にしていなかった事もあったのですが、その「ちょっと」がどんどんと助長することになると言われ、確かにいじめの芽はすぐに摘むべきだと私も反省した思い出があります。

下手をすると先生も学校も訴えられる

オーストラリアは、まだまだアメリカほどではありませんが、わりとすぐに弁護士が出てきます。日本では公務員や教師などは守られたような感じですが、オーストラリアでは教師の仕事を怠った場合、訴えることができます。特に、大金を払っている私立の学校では、こういったケースが結構あるということを聞きます。

それから担任の先生以外でも、学校長なども監督不行届きということで親から訴えられるケースもあります。オーストラリアでは、リファレンスと言って前の勤務先からの推薦状を提出しなければいけませんから、こうして自分の経歴にケチがつくと、次の就職先に響くことになります。

また、多くの私立の学校は、不正が行われないように全く関係のない人間が関わっている学校の理事会というものがあり、そこで色々と審議されて、学校内で不公平や不当なことが起きないように監視する役目もあるといいます。

ですから、学校の校長や先生がきちんと対処しない場合、この理事会に報告するという形もできます。そして、この理事会の決議によっては、先生や校長もただでは済まない状況になることがあるそうです。

こんな感じですから、自然と先生方も失敗しないように自分の仕事を遂行するようになるんじゃないでしょうか。

警察の介入

基本的に、オーストラリアでは学校で起こったイジメであろうと、傷害罪や恐喝、窃盗などの罪で警察が介入してきます。そして、ある程度の年齢になった子供には刑罰が科せられる事もあります。

また、その際には捜査も学校に入りますし、担任の教師から関係した生徒、そのイジメをした両親もまた警察での事情聴取は当然ながらありますし、或いは監督不行き届きということでの叱責もあるでしょう。

ですから、いじめがエスカレートして暴力にまで及んだ場合、直接親や本人が警察に通報して警察が学校に行く、或いはそのイジメをした人の家にも直接、警察が出向き、警察署まで出頭するということもあり得るのです。

実際に起きた事件ですが、長男が巻き込まれたサイバーイジメの記事を紹介します。こちらでは実際に警察が介入した事件です。

個人主義の文化的違い

欧米は個人主義ですから、違って当たり前ですし違うことを求める傾向があります。いじめの根本は、まず他人と比較すること、異分子を排除しようとすること、こういったことから始まると思います。ですから、日本とは違い個人主義の徹底した文化的違いから言って基本的ないじめの構造がちょっと違うように思います。

そしてまた、オーストラリアのほとんどの親が「嫉妬」や「他人と比較すること」に否定的な教育をしています。まあこれは、通常の当たり前な家庭での話ですから、そうじゃないどうしょもない家庭もある訳で、そういった家庭の子供たちは、やはり意識も低いのでないかと思います。ですから、私が今言っているのは、オーストラリアの中流階級、あるいは普通の家庭の話として捉えていただけるとありがたいです。

ですが、親が差別的思想があって、日常生活で差別的な発言をする場合において子供も当然ながらその影響を受けますから、人種的なことでの差別によるいじめだって多いと思います。

現在の白人主義政策で、政府の方もイスラム系やアジア系に対する人種差別的な発言が多くなっていることからもわかるように、実際にもイスラム系やアジア系に対する反発や差別的ないじめも横行している、と言うニュースもあります。

そしてまた、こういった意識の低い地域、親の教養水準が低い地域というのも存在します。田舎の方や、シドニーの西部の方に行くとどうしても地域的な背景も多く絡んでくるように思います。

そこで、Youtubeで見つけたオーストラリアの学校でのいじめのシーンを・・・・。

このビデオでは、大きな男の子の方がいじめに遭っているんですが、何発か殴られた後、切れてボディスラムをかましたというもの。この体の大きな子は、ずっと前からいじめに遭っていたようで、学校側はここまで放置していたようです。

この後、ビデオはかなりの論争を呼んだようですが、このいじめっ子に対しての同情は全くなく、やり返した方の男の子に対しての称賛の方が多かったようです。ウチの旦那も「よくやった!これであのバカもやり返してこないだろう!でも、学校長もこれでクビだな」とのこと。

こちらの学校は、Chifley College Dunheved Campusといって、North St Marysにある学校です。シドニーからは西部の位置していて、あまり治安のいい地域ではないですねぇ。正直に言って、こんなことがあっても、びっくりしない地域です。

では、ここら辺でオーストラリアの「普通の」教育現場、親としての視点から見た、日本のいじめ事情について考えて見たいと思います。

なぜ、日本はイジメがなくならないのか?

もう、それは簡単なことで、学校制度の問題と国民性の問題、この2つ!

日本のベタベタ、閉塞な学校制度

ここで、日本のいじめの専門家、内藤朝雄(明治大学准教授、いじめ問題研究家)先生の記事を見つけたのでご紹介したいと思います。

いじめを蔓延させる要因は、きわめて単純で簡単だ。

一言でいえば、①市民社会のまっとうな秩序から遮断した閉鎖空間に閉じこめ、②逃げることができず、ちょうどよい具合に対人距離を調整できないようにして、強制的にベタベタさせる生活環境が、いじめを蔓延させ、エスカレートさせる。

もう、ほんと同感です。

もう、これしかない!!って思いますね。まあ、あとは教育者である学校側の対応や意識の問題もあるでしょうけど、基本的にはこれですよ!!

そして、このベタベタ感。

では、何が閉塞的なのか。

まずは、オーストラリアの学校制度と比べてみましょう。小学校はクラス担任が一緒で、まあ、机がなくて、大きなテーブルでグループ授業がほとんどということ以外は制度的には、日本の小学校と特に違いはありません。

しかし、中学、高校からが違うんです。

こちらでの学校は中学、高校がハイスクールと呼ばれて、一貫しています。そして、生徒が決められた教科ごとに決められた教室に移動します。そして、選択教科なども入ってきますから、毎度同じ生徒が集まるということはありません。ここでまず、生徒間の「距離」ができるわけです。

そして、日本の独特な「教室」という「閉鎖的な空間」もここにはありません。数学の授業が終われば、次の英語の授業、隣の同級生はは次は物理、なんていう風に生徒がそれぞれ移動していきますから、今日のランチはA君と、明日はBちゃんと、なんていう風に生徒が入れ替わり立ち替わり、交代していくわけです。

 

日本の国民性の問題

日本は、歴史から言っても国民が革命を起こしたことがない国なんです。「上」のいうことに従っていくという文化的な風潮であり、それが当たり前であるとする国民性があります。江戸時代の階級社会もそうですが、その前の天皇制、とにかく歴史的に見ても上下関係に厳しい社会でもあるわけです。

人間は特に同じ種類の中にいると同調意識、同調圧力が均衡になって、居心地がいいという気持ちが自然と働く。しかし、ここに異物が入り込むと、それを排除しようとする意識が働くものだそうです。これが、いわゆる昔からの日本の風習「村八分」となってきます。そして、この「村八分」って、今で言う「集団いじめ」のことです。

こう言った国民性からも「イジメ」に対する意識が低く、その被害者に対しても「イジメられた方にも原因がある」なんていう非常識なことを平然と言うんです。確かに、何かイジメられる原因があったのでしょうが、それはまた違う問題でありその原因でいじめる人間を許すべきものではありません。

いじめは犯罪なんです。

傷害罪、窃盗罪、侮辱罪というれっきとした犯罪なんです。ですから、こういう風潮は司法という形すらを壊してしまうことになるんです。

では、前にご紹介した、内藤先生の記述です・・・・

学校とはどのようなところか。最後にその概略をしめそう。

日本の学校は、あらゆる生活(人が生きることすべて)を囲いこんで学校のものにしようとする。学校は水も漏らさぬ細かさで集団生活を押しつけて、人間という素材から「生徒らしい生徒」をつくりだそうとする。

これは、常軌を逸したといってもよいほど、しつこい。生徒が「生徒らしく」なければ、「学校らしい」学校がこわれてしまうからだ。

たとえば、生徒の髪が長い、スカートが短い、化粧をしている、色のついた靴下をはいているといったありさまを目にすると、センセイたちは被害感でいっぱいになる。

「わたしたちの学校らしい学校がこわされされる」
「おまえが思いどおりにならないおかげで、わたしたちの世界がこわれてしまうではないか。どうしてくれるんだ」

というわけだ。

参考文献:

日本の学校から「いじめ」が絶対なくならないシンプルな理由

まとめ

私の通信簿ですが、いつもあったのが、「協調性に欠ける」これです。わたしは何故か、いつも他人と違うことがしたいって思っていたんです。だから、協調性なんてあるもんじゃない。先生からしてみたら、「異分子」、「問題児」だったわけです。

ですが、持ち前の愛嬌があったからね、なんだかんだ、先生には可愛がってもらったように思います。まあ、昔の先生だから、まだまだ気骨もあったし、教師という矜持も持っていた時代の話ですし、あの当時の先生方ももっと人間臭かったように思います。

私は日本が大好きです。日本の文化が、日本食が、それに人情、そういったもの、大好きなんです。けれども、反対にもう絶対に住めないと思うんです。この「〜らしさ」や「〜でなければいけない」という個人の尊厳を無視した社会的な押し付け。実際、30まで日本にいましたが、でも、限界でした。ずっといたら、多分私は精神を病んで、自らの命を絶っていたかもしれないと真剣に思います。

結論から言わせてもらえば、申し訳ないけど、日本からいじめはなくならないと思います。この内藤先生が提案しているように、欧米のような教育制度、「教室という閉鎖的空間」をなくさない限り、なくならない、というよりも、少なくならないですよ。

でも、そうじゃない人たちもいるんですよ、でもそういう人たちだって、いじめの対象になると思うと何もできない。それもよくわかるんですよ。正義の元に何かをすれば、その人は「異分子」となって、いじめの対象になってしまうから。

冒頭にあったように、私はラッキーでした。責任感の強い先生がいて、果敢な正義感の強いクラスメートがいたから助かったものの、彼らがいなかったら私はどうなっていたのか想像もつきませんし、想像もしたくありません。

今現在でもイジメに苦しんでいる人たちはたくさんいるでしょう、学校だけでなく職場でもそうでしょう。袋小路にはまったような状態だと思います。考えるだけで心が萎んでいく気がします・・・。

「ただのイジメでしょ」という普通の感覚を捨てて欲しいと思います。いじめは異常なんです。異常な心の動きだと認識して欲しいし、人として恥ずかしいことをしているのだ、人を傷つけているのだという当たり前のことをきちんと認識して欲しいです。

もう一度言います、

いじめは犯罪です。

傷害罪、窃盗罪、侮辱罪というれっきとした犯罪です。

そしていつか、日本でもオーストラリアのように司法がきちんとした形で機能することを願います・・・。

 

 

 

Sakura
2000年からオーストラリア在住。シドニー某大学の修士課程卒業。『海外在住引きこもり主婦』のアーティスト兼ブロガー。専門は銅版画ですが、油絵もやります。海外生活事情や文化などを中心に書いてます。
- Advertisment -

最新記事

人気の記事

ランダム

人気のカテゴリー