【スピリチュアル】無宗教という日本人は本当に無宗教なのか?日本の伝統文化を考える

 

2000年にオーストラリア人の旦那と結婚してオーストラリアの移住をしたわけですが、そのあと、長男を出産して1年後に産後うつをやりました。まあ、それはこのブログのいろんなところで書いているんですけど、そのうちに詳しいこと記事にはしようと思っていますが、なにせけっこう重いので二の足を踏んでしまう・・・。今回は、このことは置いといて・・・・。

その産後うつを克服してあと、旦那に「君は、自分の為に何かをした方が良いよ」と言われ、小さい頃からの夢だった画家になりたい!という夢を実現する為にオーストラリアの美大を受けたんです。そこで、見事に合格して私の大学生活が始まったんですが、実はこれがなんと自分探しの旅になっていったんです。

また、日本の木版画はヨーロッパの芸術にもかなりの影響を与えたので、日本の文化や美術、芸術に対しての授業がけっこう、ありました。そして、その時なると決まっていろんな質問が来るんですね、周りから。そして、自然と自分の国のことについてほとんど知らないということに気づき、恥ずかしく思うようになりました。

それからと言うもの、私の大学での課題や調査は日本の芸術、文化、宗教を中心にして進んでいくことになりました。特に私は日本の伝統色と言うものに惹かれていったんです。大学3年生の時の卒業の課題もまた、色の組みわせを視覚的、心理的な影響を含めた相乗効果を研究していきました。基本的に美大なので、作品を出さないといけないんですが、ほとんど図書館で日本の伝統文化を調べまくっていたように思います。

 

敗戦によって変わってしまった日本の伝統文化

第二次世界大戦は世界に人たちに大きな傷を残した暗い過去です。そして、それを始めたのが日本・・・・。戦争なんだから仕方がないという言葉で片付ける現代の人もいるでしょうが、この敗戦によって日本の文化的伝統が一気に変わっていくことになります。

みなさんがご存知のように、明治以降、戦争が終わるまで日本人は天皇が神であると教えられて育ってきました。そして、この天皇崇拝文化がのちの世界大戦につながっていくわけなんですが、問題はこの天皇崇拝が神道の全てであるような風潮が一般に広がってしまったこと。確かに、天皇を崇め、ある一定の人物が神になるということは神道ではあることです。しかし、調べていくと、この敗戦の理由と神道における信仰心とは全く違ったものなのに、戦争に駆り立てたのは神道であるとするある種の「拒否感」が人々の中にあると思うようになりました。

それは、この敗戦によって世界に「日本人は人間である天皇を神さまだと思っていた、愚か者で、そのためにたくさんの人が戦争で死んだ」と言うような劣等感、もしくは罪悪感、または否定感からくるものじゃないかと私は思います。

それに、戦後のアメリカ軍の介入によってこの天皇崇拝は昭和天皇ご自身が間違っていたと主張したことによって、全てが否定されたわけだし、当然ながら生きている人間がいくら天皇であったとしても「神」であるはずはないわけです。しかし、ここで間違ったのは神道と言う形はもともと全く違ったところから始まっていると言う教育を怠ったことなんじゃないかなと私は思います。

 

 

 

神道的宗教観は日本だけじゃない

神道は、世界から見ても特に珍しいものではなく、もともとは自然霊やアニミズム的な宗教観から出てきた原始的な宗教です。しかし、それはまた日本の神話とも結びついていて私はだいたい3つの種類に分かれるんじゃないかな、と思っています。また、仏教が中国から伝来してきて、それによって神道と融合し、新たに形成された神道と仏教の二つの教義が混在するような宗教観も出てきました

 

1.   自然霊を祀る神道

まずはじめに出来上がったのは、自然に対する畏怖。原始には薬もなければ科学的な根拠もないので、病気になれば元気になるように何かに祈ります。そして、災害が起こればそれに怯えるわけです。こうしたところから、様々な形で原始的な自然霊、アニミズム的な宗教観が生まれます。

これは、龍神、蛇神、岩神、お稲荷さんだったりと自然界にあるものに神聖な霊が宿っていると言う信仰で、原始的な宗教心として世界中ににあります。これには、疫病だったり、自然災害だったりと言う自然に対する畏怖からくるものもあります。

オーストラリアでもアボリジニーの宗教観は原始的な日本の宗教である神道と同じようなアニミズム性を持っていますので、アボリジニーの人と話すととっても話が弾みます。

 

2.   日本の神話にまつわる神道

これは天照大神などの日本を生み出したとされる古代の日本の神話、古事記に記されている神々を祀る神道です。その頂点とされるのが、伊勢神宮や出雲大社になりますが、各地の神社には同じ神様を多く祀っている社も多く、当然ながら馴染みの深い神様たちがたくさんいます。また、これらの神様が出雲に集まるのを出雲では「神在月」と言い、そのほかの地域では「神無月」といっているのも風情があって、とっても好きなんですけどね。

まあ、これはギリシャ神話にも同じような感じのものが出てきますので、日本だけの思想ではないと思います。

 

3. もとは人間だった人が神様になる神道

これはもう、菅原道眞だったり、元は力のある武将や官僚など、人であったものがいろんな理由で神様として祀られていくと言う神道なんですが、基本的には怖いから祀って、もう頼むから恨まないでね。って言う、怨霊封じみたいな感じから始まっているところが多くあります。

 

神道的習慣はとっても近くにある

日本人は神道的な習慣で生きていると言ってもいいと思えるくらいに、みじかにありすぎて、神様の恩恵を受けていることすら感じないようになってしまったと思います。特に、戦後はこう言った罪悪感によって神道についての教育は一切、学校では教えてもらっていません。また、多分、教えるようになったら色々と言われるかもしれませんしね。

ですが、日本人は生まれてからずっと、神様にご挨拶をするような習慣があるんです、例えば、お宮参り、七五三、豆まき、初詣などなど、様々な形で生活の中に組み込まれているわけです。まあ、それを日本の文化でしょ、って言われちゃうときもあるんですけど、その文化は全て神道的あるいは仏教混合の習慣なわけです。

ですから、今現在ある仏教においても実際によくよく見てみると神道色の強い宗派もあったりしますし、そこはまた奥が深いというか、歴史がそれぞれの宗派にもあるので一概に、仏教と神道を切り離して考えるのは私どうかと思うときもあります。

そして、神道と言うのはとっても個人的なもの。いや、宗教自体が個人的なもの、プライベートであるので、それぞれ個人が八百万と言われる神様とご縁を結ぶこと、または知らず識らずのうちに心の中に芽生える「神様」と言うものもあると調べていくうちにわかったんですね。

だから、それぞれが「私の神様は私の神様」と言うプライベートなつながりを持っているのも、ある意味では日本独特な宗教観であると思います。

 

 

 

なぜ多くの日本人が無宗教というのか?

もう、ここでお分かりでしょうが、なぜ多くの日本人が無宗教というのかということなんですが、

1.  戦争に負けたことにより、天皇崇拝=神道=悪いこと、という罪悪感がある

2.  学校で教えてもらっていないので知識がない

3.  余りにも日常生活に馴染みすぎていて認識できない

ってことだと思います。

もう、この第一番のところでは、「天皇という人間が神様なんてわけがないだろう!日本人はおかしいんじゃないか?」なんていう感じで、敗戦を機に世界中から、特にアメリカから言われちゃったわけです。そして、そんな日本の状態が恥ずかしく思っている人だって少なからずいるわけです。でも、戦時中はこれは戦争をして行く上で、民衆を洗脳するにはもってこいの状況だったんですね。

ただ問題なのは、神道というのはもっともっと広くていろんな種類(?)があるってことなんですよ。そして、日本人の生活に密着していて、本当に身近にあったもの、生活に密着していたものだったんです。そしてそれがとっても日本人にとっては居心地が良くて、秩序があって、今以上にもっと常識的な礼儀を教えていたんじゃないかな・・・なんて風に私は思えます。

そして、もう何よりも学校では教えてくれないですよね。まあ、神道とは、仏教とは、なんて大雑把にはやりますけど、どう日本人の生活に密着しているのか、本当はどんな形で始まったのか、とかそういう突っ込んだところまでは教えません。だから、私も知らなかった。自分の国の宗教ですよ、そして、一年に何回も神道的な行事があるのに、その意味さえも知らないって、おかしいと思いませんか?

そして、初詣に行って「今年もいい年でありますように」なんて、神前でお祈りしているのに、無宗教ですなんて、おかしいでしょう?

で、ここでこんなこと言うと、「だって、あれは一次的なもので、習慣だから、いつもお祈りしていないし」なんて変な言い訳言われたりするんだろうけど、一度でも手を合わせて神様に祈った時点で、宗教心があることになるんですけどね・・・・。

 

まとめ

私も大学に入るまでは、日本の伝統的宗教についてよく知りませんでした。しかし、私が自分探しを始めた時点で、まず、自分のルーツを探る必要が出てきたわけです。神道や仏教を調べ行くとものすごく面白くて、夢中になってしまい、実は作品を作るのがおろそかになってしまった時期もありました。

ただ、調べてみると日本の宗教は伝統文化と密接に繋がっていて、世界に類のない素晴らしい世界観を持っていることがわかります。アーティストとして、日本人に生まれて、日本で育って、日本の伝統文化は本当に自然と密着しているものであり、その核にあるのが宗教観(神道と仏教、またはその混合的な世界観)であることがわかって、ものすごく感激し、そしてラッキーだなぁ・・・とほくそ笑んだものです。

しかし、最近では地方の過疎化とか地域社会で伝えてきた神社などが後継者がいなことで消えていくということが起きているそうです・・・。なんか、そうなるとその神様ってどうなるんだろうって思うし・・・。

ある本によると、そういう神様が祟り神(いや、もともとそういう素質があった神様だったりするかもしれないが)になったりする場合もあったりするそうだし。なんか、バランスが崩れているんじゃないかと心配になったりするんですけど。

いや、ほんと、調べてみると面白いんですよ・・・特に、スピリチュアルなことを信じたり、感じたりする人にはお勧めしますよ・・・

ハマりますから。

でも、調べてみると・・・結構、怖かったりもするんですけどね・・・。