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『勝ち組』と『負け組』、どこまで日本は比較社会なんだろう?

2000年に渡豪して以来、さまざまな日本語が生まれたようですが、『勝ち組』、『負け組』というなんとも耳障りな言葉が日本の巷では公然と使われているようです・・・・。まあ、英語にも『Looser』と人を見下す言葉があるけど、この『負け組』ほど酷くはないかなと思う。

それにこの「勝ち組」と「負け組」なんていう言葉によって、日本人同士が差別し合っているように思えるんですが。なんなんでしょうか?この意地悪的な言葉は?

こんな、社会的にも広まっている言葉は日本だけですよ・・・そして、こんな風にしたのは一体誰なんでしょうか?

『勝ち組』とは、社会的になんの問題もなく、理想的な生活をしている者のことを言うようですし、『負け組』とは離婚したり、失業したり、結婚できなかったりと日本でいう『普通』の生活ができなくなった人のことを言うようです。

まあ、確かに誰だってこの『勝ち組』に入りたいでしょうし、そう言う生活が理想だと思いますが、そうじゃない人を貶めてるような言葉を使っていいわけじゃないと思うんですよね。

そして、この『負け組」と言うレッテルを貼られた人々やこういう部類に入ってしまった人たちはどうすればいいんでしょうかね?

言論の自由をはき違える人たち

よくヘイトスピーチとかを咎められたりすると必ず出てくるのが、この『言論の自由』という憲法でも保障されている自由権の一つなんですが、これってどうなのって思うことしきりなんです。

オーストラリアでは、ヘイトスピーチなる人種差別的な言動をすると侮辱罪で罰せられます。そう、こういう言動は『言論の自由』には入らないということになるんです。が、日本では平然とこういうことを言えちゃう。外国人からしたらものすごくびっくりなことなんですが、この辺の道徳というか、倫理観にちょっとかけると思うんですけどね、私は。

では、なぜこういった、人を侮辱する言論が『言論の自由』には入らないか、そして侮辱罪になるかというとですね、簡単でしょ?ある一定の人種や民族に対して侮辱していて、相手の尊厳を貶めているから。そこに基本的な人権に対して侮辱があって、言論の自由だから何を言っても許されるってわけじゃないってこと。

ただ、日本はどうしても民主主義が浸透したのが戦後と遅いし、まだまだ『長い物には巻かれろ』、『親方日の丸』なんて言うようなどうしても政府や官僚に対しての特別意識があるように思うので、今だに政治の話をすると引いてしまう人たちもいますよね。私の大恩人である先生(お医者です)も、Facebookなんかで実名をあげて政治批判して言えるけど、誰一人として賛同したり、書き込みをしないので、かわいそうになって私がやってます!

だからね、この言論の自由って、本当に履き違えると恥ずかしい思いをするんですよ。それぞれの個人を尊重してからこその自由であって、日本の言論の自由は言いたいことを言ってもいいって言うことじゃないんですよ。

いじめにつながる?

TVやネットでもこういったような、えげつない表現がよくある。確かに、そういう風にちょっと炎上まがいのような記事や言葉を使えば記事や番組などで、人をひきつけるのかもしれないけど、不特定多数に向けていれば別に構わないというような表現が結構ある。それに、なぜTVの出演者が間違った物言いをしたり、噛んじゃったりするとそれをあげつらって笑い者にするのかなぁ?全然、面白くないなんだけど。

だから、こういう表現を公共の電波で使っている、イコール、普通に使ってもいいと言うような捉え方になって、「特に誰とは言わないけど、あの人って、典型的な『負け組』よね・・・」なんてことを言ったりしちゃうんじゃないかと思うんですがね。

なんだろう、やっぱり日本は周りと比べることで自分を確認し、安心してる部分があるんじゃないかと思うんです。まあ、確かに日本は「全体主義」、「コミュニティ・ベース」の社会構造ですから、「出る釘は打たれる」とかね、とにかく「協調性」を重視する社会というのはわかる。しかし、それだからと言っていつもいつも他人と比較する必要はないわけですが。

私が日本で美容の仕事をしていた時も、実は結構、こう言うのがあったんですよ。

「あなたの彼って、何している人なの?」って聞いてくる。でも、なんかそこにイヤ〜な、微妙なニュアンスを感じるんですよね。そして、後から「あの人にはあまりいろいろ言わないほうがいいよ。この前、Sakuraの彼氏のこといろいろ言ってたし」と忠告されたりね、するわけです。

まあ、確かにロクでもないのと付き合っていた時期があるので、言われてもしょうがない部分はあったし、自分でも別れた後に数週間も自分の時間を無駄にしたと落ち込むこともありましたよ。でも、それだからと言って、噂話や酒の肴にする必要はないと思う。それも悪意を込めて・・・・。

まあ、あの頃の私は彼女にとっては『負け組』だったんだろうな・・・とも思うし。が、自分ではちっとも『負け組』とは思ってなかったし、事実、彼女よりもずっと恵まれてたと思っている!いろんな意味で!

だからね、私が言いたいのは、こう言う些細なことがいじめに繋がるし、いつまでたってもいじめがなくならないわけ。事実、日本のいじめって言うのは、それぞれが持つ劣等感や差別、それから競争意識からくる嫉妬なんかが原因になるわけであるし、また弱いものをターゲットにして勇者になると言う幻想もついてくるわけ。これはもう、国民性としか言いようがないので、それをどうにかしようと言うのは全くもって無理だと私は思います。

私が中学、高校といじめられたりしたのは、やっぱり普通と違うタイプだったからだと思うし、いじめたがわの劣等感を煽ったのか、それとも嫉妬だったのかはわからないけど、最終的に私が良かったなぁ・・・と思ったのは、そのいじめる側の理由というのにも思い当たらなかったということで、自分がそう言う低次元の人間じゃないと言う証明ができたこと。そして、あのいじめのおかげで日本を出ようと決心したことかな。

「理由がわからないことで嫌がらせをされるというのは、それは嫉妬だから」

そんなことで慰めてくれた従兄弟の兄じゃ、ありがとう。

まとめ

外から見るとですね、本当に日本のことが良くわかる。以前、元光GENJIの諸星くんが言ってたけど、海外から見ると日本は平和ボケしているって。まあ、アメリカはそうだと思うけどね・・・・・、想像よりも結構、生きていくのは大変な国だし。オーストラリアは実際のところ、社会福祉なんかが充実しているから、病気になればきちんとした治療を無料でしてくれるからね、アメリカとは違って、金がないと死んじゃうわけじゃないし。

平和ボケしているとは思わないけど、でも、物凄く狭いな・・・とは思う。いろんな意味でね、視野も狭いし、認識も狭いし、過去に囚われすぎだし、本当に島国なんだなぁ・・・・と思う。でも、これは仕方がないのよね、最近はいろんな国籍の人も増えてきたのかもしれないけど、日本人しかいなかったんだから。鎖国なんてしてたし、比べれてもいいような同じレベルの人間、人種、或いは差別してもいいような人種しかいなかったんだから、しょうがない。

でも、もうそろそろ同じ民族でアレコレといじめ合うのはやめたほうがいいと思うんですよね。だって、貧困だって結構な数出てきているわけだし、明日は我が身かもしれないわけですよ。影で『勝ち組』だとか思ってほくそ笑んでいても、明日になったらいきなり解雇されちゃって、『負け組』になっちゃうこともあるような昨今なわけですよ。

だったら、ここらでみんなで悪いところ、改善すべきところ、自分の国なんだから、そんな小さな国の中で優劣を競って比べ合いっこしてるよりも、もっと、みんなで幸せにならないと、自分たちの子供たちが苦労するような社会になってきちゃう。現在だって子どもの貧困はかなりの数になっている。

うちの旦那がよく言っているのは、日本人はあまり助け合わない人種で、他人の不幸に対してはものすごくシビアで冷たいってよく言ってるんだけど、その象徴がまあ、いまの日本の頭張ってる人なんだからさ、しょうがないんじゃないかなぁ・・・とも思うけど。ただ、災害があったりしてボランティアが来てくれて、助け合いする人たちだってかなりの数いるわけだから、みんながみんなじゃないのは確かなこと。でもねぇ・・・こういう『勝ち組』、『負け組』が平然と使われちゃうとね、どうかと思うよね。»

 

 

 

Sakura
2000年からオーストラリア在住。シドニー某大学の修士課程卒業。『海外在住引きこもり主婦』のアーティスト兼ブロガー。専門は銅版画ですが、油絵もやります。海外生活事情や文化などを中心に書いてます。
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